[2章6話-2]:独りの寂しさを知る二人




 萌は茜音の手を引き、駅までの道を少し戻り、川沿いの草むらへ分け入る。足下を慎重に確かめながら萌が進んでいく。


 その様子から昨日はここには来ていないようだ。


「この先、ちょっと足下が悪いです。夜の川は恐いので落ちないように気をつけてくださいね」


「はうぅ~、そんな事言わないでぇ」


 こんな会話ではどちらが年上だか分からない。


「去年、美保ちゃんが落ちましたから。昼間でしたけど」


「えー、美保ちゃんが落ちるのをどうやって気をつけるのぉ……」


 あの菜都実と互角以上の体力と運動神経をもつ美保ですら足を滑らせる場所だというのか。


「あ、よかった。ちゃんと整理されてる……」


 萌の独り言が聞こえて、二人は川に流れ込む小さなせせらぎの方に足を進めた。


「この先はゆっくりついてきてください。脅かしたらかわいそうなので……」


「なにを……?」


 最後に、目の前にある岩を回り込むと、茜音は「あっ」と小さな声を上げた。


「すっごーい。こんなの初めて見た」


「私たちのとっておきの場所です。こんなふうになっているのは地元の人でもあまり知らないそうです」


 そこにあったのは小さな滝と小さな池、そして暗闇を飛ぶたくさんの儚い光。茜音も蛍は何度か見たこともある。しかしこれだけたくさんの光を見たことはない。


「ここもいつまで見られるか分かりません。お姉ちゃんが残してくれた思い出の場所ですから……」


 萌はぽつりと話した。この場所の存在は生前の姉の宝物だと聞いていたこと。


 でも連れてきてもらったことはなく、何年かしてようやく探し当てた場所なのだと言う。


 昔は地元の子供たちの遊び場でもあったらしいのだが、今は忘れ去られたように寂れている場所だという。


「優子お姉ちゃんが、唯一教えてくれなかった場所です。お姉ちゃんの秘密の遊び場なんですよ……。ここで一人で遊んでいた思い出の場所だから……」


 あとで分かったという姉の話をしてくれた。病弱だったという姉は、周囲からも厭われて、萌たち姉妹だけを支えにしてきたという。でも、異母姉妹という事実で周りや家庭内を刺激しないために、そのことは伏せられていた。


 そのことを彼女は唯一、一番可愛がった妹にだけ最期に伝えて謝ったのだと。


「お姉ちゃん、こんなところに一人で寂しかったんだと思います。でも、他の場所にいるよりかは良かったんだと思います。今でもここに来ると、私は優子お姉ちゃんと二人きりになれる気がするんです……」


「萌ちゃん……」


「いつもはお墓の前でお話しするんです。でも、今回はここにしたかったんです……。ここなら昔みたいに静かに話せる気がして……」


「どうして……?」


「茜音さん、こんな泣き虫な女の子って、男の人は嫌いになっちゃうんでしょうね……」


 萌はショートパンツの裾を膝の上までたくし上げると、脛のあたりまで水の中に浸した。


「萌ちゃん、昼間の話はお断りされちゃったの……?」


 彼女の気持ちを考えて、みんなの前では聞きたくなかった。やはり小さく頷いた。


「1つ上の優しい先輩です。私がお姉ちゃんがいなくなって、何もできなくなってしまったときから、ずっと元気づけてくれた人。本当に感謝してます。私から告白もしました」


「そっかぁ……」


「お付き合いできることになって、1年間、本当に嬉しかった……。でも、甘えすぎちゃったんですね……。この間お別れしました……。でも、学校ではちゃんと後輩として可愛がってもらってるし……」


 茜音は萌の背後からそっと抱き寄せて耳元でささやく。


「泣きたかったら泣いていいんだよ。強がる事じゃないよ。その先輩とのことだって、お姉さんのことだって、萌ちゃんの心の中、もっと素直に出していいと思うよ……」


「本当ですか?」


 涙声の返事に、今度は正面から彼女を抱きしめる。小さな嗚咽を漏らしながら、萌の小さい体が震えていた。

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