[1章3話-4]:千夏の幼馴染み




 夕日が山の向こうに沈んでしまうと、周囲は急に暗くなっていく。


 横須賀では夜になっても家の窓から漏れる光や、店の明かりがそこらじゅうにあるから、夜でも周囲は十分に分かる明るさがある。


 ここでは車道の所々に街灯がぽつんとあるだけで、それ以外は本当に真っ暗になってしまう。


 二人が千夏の家に向かう道は、あぜ道に毛が生えた程度のものなので、もちろんそんなものはない。


「こんな暗くなるんじゃ、やっぱり怖い?」


「今は平気。小さい頃は怖かったかな。慣れれば星明かりとかでも歩けるよ」


 まだ夕焼けの名残がかすかに残っているので、完全な暗闇にはなっていないけれど、女の子二人だけでは何かと不安もあるので、走り込むようにして千夏の家に着いた。


「千夏ぅ、こんな暗くなるまでどこ行ってた?」


「げぇっ、香澄どうしてここにいるん?」


 玄関の前で、千夏たちを待ちかまえていたのは、仁王立ちになっていた香澄だ。


 さっき車から降りたときにはいなかったはずだから、二人が川辺に行っているうちに、タイミングを見計らって現れたのだろう。


「都会嫌いの千夏が、余所から来た子に会うって聞いたら、どんなのか見たくなっちゃうじゃない!」


「失礼だよ香澄! 茜音ちゃんごめんね……。私の周りこんなのばっかだから」


 申し訳なさそうな千夏だけど、そこは同い年でもあるし、普段の茜音の周りも負けてはいない。


 それに突然の出来事への対応力は経験からしても茜音の方が上だ。


「千夏、早くお客さんをお部屋に通してあげなさい。和樹ちゃんも来てるんだから、早く手伝っておやり」


「え? 和樹も来てるの……?」


 その名前を聞いたとたん、一瞬固まる千夏。


「どうしたの?」


「ううん。なんでもない。ちょっと待っててね」


 玄関の上がり口に茜音を待たせ、千夏は勝手口へと消えていった。


「千夏、まさか来てるとは思わなかっただろうなぁ……」


 ぽつんと一人残された形の茜音の側に、香澄が苦笑しながら座った。


「さっきはごめん。千夏、ほんと人付き合いが苦手でさ……。実際どうなったのか心配だったんだ」


「そうだったんだ……」


 千夏が一度顔を出し、香澄に茜音を自分の部屋に案内するように頼むと、また消えてしまった。


「千夏が初対面の人とあんなに話せるようになるなんて、ちょっと驚きだったなぁ。きっと和樹もそれが気になって押し掛けてきたに違いないんだけど。でも、なんか心配して損しちゃった」


 茜音を見て不思議そうに言う香澄だったが、それは香澄がいつも千夏のことを気にかけている証拠だと理解できる。


「あの、和樹さんって誰なんですか?」


 2階の千夏の部屋の片隅に荷物を置き、彼女が呼びに来るまでの間、香澄にさっきの様子を話して聞いてみた。


「和樹? 千夏の彼氏だよ。彼氏って言っても、幼なじみだからお互いそんな意識は全然してないみたいだけどね。いい奴だよ」


「そうなんですかぁ……。千夏ちゃんいいなぁ……」


 茜音が言いかけたときに、下の階から『夕ごはんできました』と千夏が呼ぶ声が聞こえてきた。

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