[0章0話-3]:失語症の少女
当初、報道にも彼女の名前は繰り返し流れ親戚などからの連絡を待ったが、何故かいつまで経ってもそれはなく、茜音はそのまま病院で過ごすことになった。
事故の恐怖だけでなく両親を同時に失ったこと。そして何よりも誰も自分を迎えに来てくれない孤独感。
彼女は自分から一歩も病室を出ようとはしなかった。もちろん体の傷跡などはとうの昔に消えているし、歩くことも問題はない。ただ、外に出れば大人たちの好奇の目に曝される。それが嫌でたまらなかったから。
『おほしさまがみたい』
彼女の外出は、病院の面会時間が終わった後、看護師に付き添われて病院の屋上で星明りを見ることだけだった。
それでも、事故から1年が経った頃には、気持ちのリハビリやみんなからの励ましで、ようやく視線を動かす程度に表情が戻り始めたけれど、口から発せられていたはずの言葉は戻らなかった。
そんなとき、一人の男性が茜音の病室を訪れた。
それまでにも、茜音のことを知り気の毒に思った人たちがたくさん訪れてくれていたけれど彼女が心を開くことはなかった。
しかし、その男性は茜音に無理にしゃべらせようとはしなかった。彼女もなぜその男性に許したのかは分からない。病室の中で頭をなでられたり、抱きしめられるというスキンシップを受け入れた。男性から病院側に同じものを出してほしいと依頼し、食事も一緒に食べた。
いつもの夜の時間、同行したその男性に抱きしめられ、ついに茜音の頬に一筋の跡が付いた。それは病院のどれだけベテランの職員でも成し遂げることができなかった、茜音の心の扉の鍵を開いた証拠でもあったから。
その後、病院側と話し合いがあり、その男性、『ときわ園』の園長が茜音を引き取ることに決まった。
そして、先にスキー場に送ってあったために事故を免れた当時の荷物を引き取り、茜音は病院を退院し、ときわ園に連れて来られた。
新しい生活に茜音は最初戸惑っていた。他の子どもたち達との初めての共同生活。
そんな茜音に、一人の男の子が常にそばにいてくれるようになった。同い年の健は、茜音に施設での生活を教えた。最初は乱暴そうに見えた彼を怖がっていた茜音も、自分に手を差し出してくれた彼を少しずつ受け入れ始めた。
そんなことから、二人の距離は必然的に近くなっていった。
学校も一緒に通い、ときわ園の中でもいつも一緒に行動していた健。でも園の外に出れば言葉の話せない茜音はいつもクラスの子から嘲笑された。
そんな連中を健は許さなかった。時には彼らを相手に向かっていった。そんな時、いつも健の手を取って止めさせたのは、他ならぬ茜音だったから。
「どんなに悔しくても、言い返せない茜音ちゃんは我慢している……」
そんな彼女を見て、健は自分の行動を改めていき、見違えるように明るい少年に戻っていった。
そして、茜音も彼と一緒にいるときには笑顔が戻った。病院では最後まで戻らなかった言葉もいつの間にか戻ってきた。
幼い子どもの時代、特に物心が付き始めた一番難しい時期を二人はお互いの存在を糧に乗り越えていったのだから。
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