星空の下で幼馴染に遠回しに告白してみたら大喜利になっていた件

久野真一

第1話 二人でお祝いをしていたら告白をされた

 八月某日、立山連峰の麓にあるペンション『ひまわり』にて。

 180cmはあろうかという長身で細身の男性と。

 170cm近くはある長身でやはりほっそりとした女性と。

 そんな二人が向かい合っていた。


 男性の名は鳴滝昌平なるたきしょうへい

 北斎高等学校ほくさいこうとうがっこう二年生の男子だ。

 少し厳しい顔つきだが、穏やかで心優しい少年。

 それと、細マッチョとも言えそうな鍛えられた体つき。

 ユーモアもあって部活の部長を務めている。


 女性の名は大沢勝海おおさわかつみ

 同じく北斎高等学校一年の女子。

 山登りで邪魔にならないようにと短く切り揃えた黒髪。

 それとクリクリした大きな瞳に親しみやすい笑顔。

 やはり、鍛え上げられた、でも、筋肉がつきすぎて居ない身体つき。

 同じ部活の副部長を務めている。


 二人は、ようやく終わった、と向かい合って微笑んでいた。 


「なんか、やっと下界に帰ってきたという実感がするな」


 感慨深げにつぶやく昌平。


「二度と山登らないぞ!といつも思うんですけどね」


 幾分疲れの残った顔で応じるのは勝海。

 高度3000mはある山々を縦走して来たのだから、無理もない。


「山小屋に比べたら、ペンションの部屋とか天国だよな」


 ほっと息を吐く。


「この缶ジュースも山頂だったら、400円ですもんね」


 ジュースの入った缶を掲げてしげしげと眺めながら、思い出したような言葉。


「輸送費とか人件費とかあるんだろうけどな。下界だったら飯食えるよな」


 まさしく昌平の言う通りであり、高山では何もかもが高い。

 観光地価格ならぬ高山価格という奴である。


「でも、立山の山頂の自販機とか、あれ、誰が持ってきたんでしょうね?」


 いつも疑問に思っていた、と告げる勝海。

 立山は日本アルプスにある山々の事を指す総称だ。

 立山連峰と呼ばれる事もある。


富士山ふじさんはブルドーザー、立山たてやまとかはヘリコプターなんだと」

「先輩、よく知ってますね?」

「連泊した山小屋あるだろ?オーナーさんに聞いたんだよ」


 特に高山には山小屋と呼ばれる宿泊施設がある。

 大抵は夏の間だけ開けていて、登山客に宿や食事を提供したりしてくれる。

 とはいえ、山には山のルールがあり、就寝時間や起床時間は決まっている。

 あとは、他の登山客に迷惑をかけない、個室は基本的にはない、などなど。


「上に居る間は、「あー、やっと山小屋着いたー」って思うんですけど」

「わかるわかる」

「下界に降りると、「下界って素晴らしい!」って実感しますよね」

「そうそう。しばらくは感覚狂うよな」


 高山に登る者は、麓の事をしばしば「下界」と呼ぶことがある。

 飲み物は基本的に水だけが頼り。

 食べ物も山小屋で持たされる弁当に。

 それに、背丈の半分以上もある大きなザックに入ったカップラーメンなど。

 そういったものがせいぜいだ。

 それに比べれば、下界では田舎でも高山よりよっぽどまともな環境。

 故に、「下界」とあえて区別して呼ぶ。


「ともあれ、お疲れさま。副部長」

「部長こそお疲れさま」

「「カンパーイ」」


 缶コーラを鳴らして、二人してグビグビと飲み始める。


「はー、風呂上がりで疲れも取れたし、最高だな」

「このために山登ってる気がしますよね」


 お互い見つめ合って笑いあう二人。

 他人が見れば仲のいい恋人同士かと疑うような光景。

 ただ、二人の役割は生物部の部長と副部長。

 恒例の夏山登山でも、最前列と最後尾を守る重要な役割。

 下山してようやく気が抜けて、こうして二人でくつろいでいるのだった。


「一応、高山植物や雷鳥の観察が目的なんだからな?」


 そう言う昌平も実際のところはわかっていた。


「でも、半分以上は登山自体が目的じゃないですか」

「俺も入った時には伝統だったからなあ」


 北斎中学・高等学校は中高一貫で共学の私学だ。

 特に部活動を奨励しており、帰宅部は原則として認められない。

 合わせて六年間も同じ学び舎で生活するゆえか、妙な伝統も多い。

 文化系の生物部が高山登山をする奇妙な伝統もそうして生まれたものの一つ。


「あー、でも、やっぱ疲れた」


 足を崩して、べたっとうつ伏せになる。

 

「じゃあ、私も」


 同じくうつ伏せになる勝海。


「色々お疲れさま、勝海。女子まとめるのとか、ほんと助かった」


 現在、生物部は女性四名に男子十六名。

 男子比率が圧倒的に高い故に、昌平はよく頭を悩ませたものだった。

 故に、よく見知った勝海を副部長にするのは自然な流れでもあった。


「まあ、山だと特にお手洗いとか色々、男子だと言いづらい部分ありますもんね」


 苦笑して応じる勝海。


「運良くお手洗いがあればいいんだけど、登山道の途中とか気まずいよな」


 小さな方であれば、少なくとも男子は比較的軽々と言えるのだが。

 女子であれば色々ためらいが出るのも無理からぬこと。


「それでも、私も含めて、好きで登山来てるわけですし」

「でも、中一の頃は、勝海が3000m級登れるとか思ってなかったぞ」


 懐かしそうに述懐する昌平だが、それも当然。

 大沢勝海は中学に入学した頃は華奢で身体の弱い女子生徒だったのだ。


「私も、負けん気だけは強いですからね。先輩も付き合ってくれましたけど」

「さすがに、高山でへばると途中下山もあるし、命にも関わるしな」


 北斎中高等学校では、中二から夏合宿に参加するのが慣例。

 中一の内は標高の低い山々に登って身体を慣れさせるものなのだ。

 ただ、特別体力の無い勝海のために昌平は特別にトレーニングに付き合った。

 一つは、彼女が強く希望したため。もう半分は、彼女が悔しそうだったから。


「それでも、こうして平気で登山出来るようになったのも、先輩のおかげです」


 だから、と。小さく、「ありがとうございます」の言葉が告げられた。


「俺の方も勝海には助けられた。最後尾は大変だっただろ」


 登山で最前列に立つ部長も大変だが、最後尾の副部長も大変だ。

 ヘばった部員が居れば、無線で連絡して、隊列の入れ替えを提案したり。

 あるいは、怪我をして、足を捻った、というのを報告するのも副部長の役目。

 いざという時のためにさらに後方から顧問もついてくるが、頼るのは最後の最後。


「足挫いた子が出た時がやっぱ大変ですね。時間消費しますし」

「まあなあ。とはいえ、山には事故がつきものだし」


 高山の夜は危険だ。午後四時までには宿泊予定の場所に到達する必要がある。

 しかし、トラブルで遅れる事も出てくる。

 

「俺はどっちかというと、山頂近くが霧だらけの時が怖かったよ」


 高度3000m級になると、そもそもが雲の上のことすらある。

 時々刻々と天気は変化して行くので、予報もあてにならないことも多い。


「本当に前が見えないから、怖いですよね」


 うんうんと同意する勝海。


「まあ、とにかく、お互い、お疲れさま、ということで」

「ですね。あとは、今夜、バーベキューして、泊まって……明日はもう帰りですね」


 少しの寂寥感せきりょうかんを滲ませた声。


「確かに、少し寂しいよな。なんだかんだ言って、楽しかったもんなあ」


 その寂しさを読み取ったのか、幾分感傷的に言う昌平。


「それもですけど。合宿が終わって。10月の文化祭で、先輩は引退ですよね」


 今度は幾分憂鬱そうな声色。


「ひょっとして、不安か?自分が部長出来るのか」


 副部長が次の部長になり、部長が副部長を推薦するのが部の伝統だ。


「それはあります。部員の皆をまとめて行けるのか自信ないですし」

「大丈夫だろ。そもそも、登山と文化祭以外、基本、放置でいいし」


 彼の言は本音だった。そもそも、部活としては生物部なのだ。

 普段は、昆虫や植物、細菌、河川の調査などなど。

 そう言ったものを、班ごとに自由に研究するのが通常の部活動だ。

 例外は登山と文化祭の展示くらい。

 この時ばかりは部長の統率力が求められる。


「その登山と文化祭が自信ないんですよ。最前列だと登山ルートの把握とか……」

「まあ、まあ。やればなんとかなるって。俺も部長なりたての時は不安だったし」

「まあ、そうですね。言い続けても仕方ないですよね」

「そうそう。為せば成る、だ」


 と上手い事締めようとした昌平だったが、


「不安な理由、実はもうひとつあるんです」


 気がつけば、正座をして、真っ直ぐに昌平を見据えている勝海。

 つられて、同じく正座をしてしまう昌平だった。


「……人間関係の悩みか?」


 昔から勝海は人間関係の調整がうまくなかった。

 だから、彼が相談に乗ったこともしばしばだ。


「人間関係と言えば人間関係なんですけど……んー」

「悩むくらいなら言ってみろって。なんとかなるから」


 そう軽い気持ちで言ったのだが、


鳴滝昌平なるたきしょうへいさん。私は、あなたの事が大好きです」


 緊張で脂汗を流しながら、さらに顔を紅潮させて勝海は言い切ったのだった。

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