第27話 一件落着?
「待って!」
午後四時過ぎの春空、風光明媚な橙色が藍色を塗り潰し始める刻。
梨華は他の生徒に注目されぬよう努め、けれど涙袋から溢れる数滴の雫と闘いながら正門を通過した。
そんな彼女を見失わないよう追いかけた葵の脳裏には走馬灯の如く彼女との思い出が浮かんでは消えた。
それらはどれも宝石みたいに輝いていて、高校ではもっともっと磨き上げたいなと思っていた矢先の出来事。
「ごめん!」
逃げ去る背中に追いついて、平謝りをする。
高校の周りは住宅街が並んでおり、大半の生徒達は駅に向かっているからかこの辺りは閑散としていた。
足を止めた彼女は振り向かず次の言葉を待っている。
「あの人は彼女じゃないんだ!なんていうかこう事情があって、最近仲良くなった!」
柚香との関係を言っていいか躊躇うが、もう冬海には伝えているし唯一の親友である梨華に明かさないのは如何なものか。葵はゆっくり近づいて、耳を澄まさねば聞こえぬくらいの声量で報告することにした。
「付き合ってるんじゃないんだ、あの人は―――僕の義姉さんなんだ」
勇気を振り絞り告白した葵。彼女の形のよい耳先がピクリと反応を示した。
「元々彼女のお母さんと食事する機会が何度かあって、父さんと付き合ってるって言われて、それで春休み・・・とんとん拍子に再婚することが決まって」
肩に掛かったカバン紐を握り締める葵。
「そこから宮村さんと住んで・・・ます」
ここが裏路地でよかったと本気で思う葵。彼女の誤解を解くためとはいえもう少し場所を選びたかった。
「・・・初めて知りました」
そりゃ言ってなかったから。
しかし愛内梨華は高遠葵のことに関しなんでも知っておきたかった。
「あの人は、いつもあんな感じなの?」
「えっと、普段は違うと思うんだけど―――」
葵の口からそれを聞き、梨華は超反射的速度で思考を巡らす。
(それはつまり、あの宮村?柚香さんという人は葵くんのことを意識しているのでは?)
客観的に考えても確定的に明らかだった。他人の前で彼女と名乗るだなんて、例えふざけていても彼に対し気があるように思えてしまう。仮に本当の姉弟ならまだしも。
「僕達は家族だからそういう感情とかは一切ないし、僕も宮村さんに対して特別な気持ちとかは持ち合わせてないから」
小中学生とは不思議なもので、気がある人物に気があると思いたくない時期がある。
高校生になればその辺りが変わってゆき、あいつは俺の彼女だとかあの先輩と付き合ってるだなんて楽に言えるが、変われない高一は秘匿が最善だと選んでしまう。
社会人に於いても同じ職場の誰かと付き合っていると周りに告白するのは中々に難しいものがあるだろう。
この告白も少年にとってかなり大変な類いの一つだった。
柚香に対する本心はこの際押し殺しておくがどうだろう?
「でも家ではいつも一緒なんですよね?」
「不可抗力といいますか不本意といいますか」
「お風呂や床を共になんてことは―――」
「あるわけないじゃん!?」
一体どんな妄想だ。あまりに飛躍し過ぎた考えにつんのめる葵。
しかし梨華にとっては何よりも葵が大切で懐疑心は膨れ上がるばかり。もし昨日の出来事以上のことを彼らがしていたら?
嘘は苦手ということは重々承知していても、年頃の男女が一つ屋根の下なんてどんな間違いが起こるかわからない。
ギリッ―――。
でも、どうすることもできない。
「わかりました、嘘をつかれていたのは悲しいけど信じます」
「(ほっ)」
「もう一度聞きたいんだけど、本当に彼女のことは―――」
「何とも思ってないんですよね?」
振り向き様、機敏に動く口元から突き付けられた本当のところ。
「・・・思ってないよ。だってこないだ会ったばかりだし、こっちだって迷惑してるっていうか、知ってるでしょ?僕が人見知りだってこと」
暗いカーテンに覆われた裏路地で精一杯強がって、不可視のヴェールで包み隠す。
「ならわたしにもまだチャンスがあるってことだよね」
それを堂々と言われてしまうと立つ瀬がないというか、普通はひた隠しにする乙女の純情をいともたやすく開示して、意中の男子にストレートに伝えられるのはある意味凄いと思う。いや、口に出さなければいけないのかもしれない、好きだという気持ちが風化してしまわないように。
「・・・もう帰らない?」
葵はあえて否定も肯定もせず、腹も空いてきたことだし帰ろうと促す。
「ごめんなさい、こんな時間まで」
「全然、僕の方こそ黙っててごめん」
顔を上げた彼女の表情はもうすっかりいつも通りになっていて一安心。
そのまま僕の隣に並び立つと、
「途中まで一緒に帰りたい」
嬉しいことを言ってくれる。
「そうだね、途中まで」
そうして二人は部活終わりの生徒達の波に逆らって先に葵の家の方に向かう。梨華の家は別方向だが彼といられるなら遠回りだって気にしなかった。
「ねぇ葵くん」
「ん?」
「その人、葵くんよりも年上なんだよね」
「うん、同い年だけどあっちの方が先かな?」
「今度紹介してほしいな」
「え?なんで?」
「わたしだってお友達ほしいし、なによりも―――」
「きっと、仲良くなれそうな気がするの」
♦♦♦♦
(遅いな~)
先に帰っていた柚香は勉強机に向かい中学の総復習をしていた。
が、全然身に入らない。
自分のせいで葵に迷惑をかけ、剰えあの高嶺の花でお高くとまったプライド高そうな愛内梨華のハートに傷をつけてしまったのだ。
カラスがカァカァ鳴く窓の外に目を遣り、夕陽が差し込まなくなったカーテンを閉じる。
無地の薄水色の布地におでこを押し当て、何やってんだろうと反省した。
(葵、何て言ってるんだろう)
優しい彼のことだからきっと私を傷つけないように、それでいて彼女に理解してもらえるような言葉選びをしているに違いない。
(ちゃんと家族って言ってるよね)
薄い布をギュっと握り締め、どうしようもないもどかしさに打ち震える。
こんな気持ちになるのは何故だろう?恋は侘しく儚いものだって知っていたはずなのに、彼が目の前に現れてまた苦しさを味わっている。
想いだけではどうにもできない世間体や両親の信頼に苛まれる柚香。
(私が勝手に思ってるだけだって)
葵には愛内梨華という私よりも素敵な女子がいる。それはちょっと観察すれば勘づくことで、あのタイプはああ見えて奥手じゃないというのを知っていた。
恋は戦争とはよく言ったものだが、先手必勝であればあるほど有利に働く。
結局捨て身の精神で好きだって言える人が最初に勝つんだ。
(ちょっとアリかなって、思ってたんだけどなぁ)
佇む体をベッドに預け、耳で音を拾い探る。
下の階から漏れてくる調理の音以外、三階に上がる足音はまだない。
(それにしても、愛内さんは可愛かった)
冬海をキツめの美人と評すのならば、梨華はマリや美橙と似て非なる可愛い系な顔立ちをしていた。
よく漫画にあるアレ、チープで陳腐で使い古された記号的表現だと思っていたが、現実でそういう子がいることを初めて知った。小中にもいたがやっぱガキくさいというか、容姿で彼女に勝てる子は誰もいなかったと思う。
勿論私も。
(おっぱい、おっきかった)
柚香は梨華と比べるように既に着替えたインナー越しの乳房に手をかけ、揉む。
あの制服の内側に秘められた肉房は私達と同じものなのだろうか?どんな下着を着けていて、常時男子に視姦される気分はどんなものなのだろう?
柚香だってこの年齢にしては小さい方じゃない、けれどあっちはスタイルも漂う雰囲気も規格外、同性の私から見てもムラつくような女の子。
あの豊潤な肉体が、葵に捧げられてしまう?
どうみても箱入り娘で男も汚れも知らないような彼女があの美男子と・・・。
いや、あーいうタイプに限ってむっつりな可能性はある。
かくいう私もむっつりだ。
今じゃ手の平にオカズが供給される。
暇な時間やストレスを発散したい時は利き手を伸ばせば簡単に夢見心地、便利な時代になったと思う。
「んっ」
この四角い根城で嬌声をあげたら誰かに聞かれるんじゃないかって不安になる。もし隣に葵がいれば聞き耳を立てられるかもしれない。
けれどその背徳感が柚香の性欲を更に高め、夕食前だというのにアブナイ香りを放出させてしまう。
高校生は、子供じゃない。
バスケ部を卒業してから爪を伸ばしていた。けれど中指とそれに付随する華奢な細指だけはしっかり整えていた。
漏れ出る吐息を枕に押し当てて、着ている衣服を濡らさないよう細心の注意を払い半脱ぎで愛撫に耽る。
無垢な二人を慰みものにし妄想するだなんてとんだ淫乱娘だがこの年の人類には止められない性衝動があるだろう?
「くっ、はぁ」
風呂場で見てしまった葵の半裸、寝起きの彼だって口にはしないがあそこは元気だった。保健の授業では教えてもらえない朝立ちというやつ。
(・・・おっきぃよなぁ)
パンツ越しからでもわかってしまったアレ。彼にも下品に肥大するものが備わっていたという事実で妄想が捗る。
獣みたいに腰を動かす葵を想像し、相手を梨華から自分にすり替えようとした時―――、
ギシッ、ギシッ
足音に軋む床板で、現実に引き戻された。
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