第25話 春と修羅場?
今日は部活動紹介が体育館で行われる予定で、予め渡されていたパンフレットを手に持ちそちらへ足を運ぶ生徒が多かった。
(バスケ部は・・・四時からか)
「みやむー、俺他のクラスの奴と時間潰してるわ、すまん」
帰りのHRが終わりいの一番に声をかけてくれた楓は足早に教室を出て行った。
「佐藤君、行っちゃったわね」
その様子を近くで見ていたのか、今度は冬海に声をかけられる。
「冬海は部活入らないんだよね?」
「両親にもそう言ってるし。それに私って人付き合いしちゃ駄目なタイプだから入るつもりなんてなかったけど」
「言い方」
「本当のことでしょ?」
朝のことを放課後まで引きずっていたのか、昨日より静かだった冬海は拗ねたようにカバンを肩に掛ける。
「私もう帰るね」
「ちょっと勉強してかない?」
「今日は遠慮しておく」
彼女も背を向けて、私を一人ぼっちさせてしまう。
(葵はどうするんだろう?)
ちょっと義弟のクラスに寄ろうと思い廊下に出ると、
「ユズカ~」
幼馴染のマリの声がした。
「マリ、あんたも体育館組?」
「そ!ショウタも連れて!」
声の主は上の空な男子の腕を掴んでいる。
「ショウタは帰宅部でしょ?」
「そうだけど!高校生になったんだよ!?バスケじゃなくたってもっと別に楽しいことが見つかるんじゃないかって―――」
「漫研かゲーム研究部なら行くんですけどねぇ」
「そんな部活はない!」
「あるよ?漫研はあった気がする」
「「マジ!!??」」
「ほらここ」
夫婦漫才の様相を呈す二人にパンフレットを見せる柚香。澄星海は西山の倍以上も部活があるのでこういうイロモノがあったとしても不思議ではない。
「入らないけど、一応目を通してた」
「マジかよ何すんだろう?」
「行くんなら早く行けば?漫研はトップバッターだから」
「おいおい無謀過ぎんだろ」
確かに生徒の注目を一身に集める壇上で何を紹介するのだろう?
想像して居た堪れない空気を察した柚香は行けば共感性羞恥で身悶えること間違いないだろうから考えるのをやめた。
「善は急げだ!俺先行くから!」
「あ待ってよ!」
中学と変わらず興味のないことあることの熱量が全然違うショウタを尻目にぷんすか愚痴を零すマリ。
「ほんっとガキだよね!アイツ!」
「変わんないよね」
マリは伸ばした二つ結びを上下に揺らし鼻息荒げている。私は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
「あたしも悠馬誘って体育館行くね!」
「うん」
「ねぇユズカ、最近嫌なことあった?」
幼馴染は勘が鋭い。この子は天真爛漫で傍若無人と思われてしまう時があるが、その実ちゃんと他人の内面を思い量れる子だった。
「もしかして―――悠馬のこと?」
マリは柚香の恋心に気付いていた。
「ううん、大丈夫だよ大したことない」
「ホント?何かあれば相談してね?てか今度B組に遊びに来てよ!ショウタもいるし!」
「気が向いたらね」
この友達関係は少し不思議かもしれない。私はつるむのは得意ではなく孤独と過ごすのが苦痛ではないタイプの人間だ。けれどやっぱり誰かといるのは寂しさが紛れ居心地がいい。
そういう使い分けが柚香を掴みどころのない、社交的なのにクールなイメージを抱かせている要因の一つなのかもしれない。
「んじゃーね!」
「おっつ」
生徒の流れは中央階段ではなく体育館に程近い校舎端の狭い階段に向かっている。
それに逆らい柚香はD組からA組に足を進めていった。
♦♦♦♦
A組も他と同様部活動紹介に赴く生徒が多いのか、人影まばらで閑散としていた。
ある生徒は熱心に明日に備え復習しているがそう考えるとなにもテスト前にやらなくたっていいだろうと思う。だがしかし、教師的には春休みという期間があり中学の範囲なのだから覚えていて、勉強していて当然という認識なんだろうな。それに明日のテストが終われば後に控えるのは春休みなのだ。来週からすぐに入部希望者を募れるのは学校側としてもメリットの方が多いということなんだろう。
(なんて、私が知ったことじゃないけど)
宮村柚香にできることはこのテストで高得点を叩き出しお小遣いをアップさせること。教室の真ん中で女子と話している義弟を連れ去り勉強することだけを考えればいい。
(昔はこんな真面目じゃなかったけど)
正直この高校すら最初は入学できるか怪しかった。
しかし幸か不幸か擦れていたことがプラスに働き、何もかもを忘れるかの如く部活と勉強に集中できていた。だからこそこの流れを断ち切りたくない、よりよい大学に行くためにも学業だけは頑張っておこうという深慮遠謀が柚香にはあった。
「あお―――」
教卓側から彼に話しかけようとした時、驚いた。
(あーそりゃいるか。てか同じクラスだったんだ)
葵の前にいた女生徒は私に気が付き振り向いた。瞬間、喉奥がキュウと締め付けられ腹の底がひんやり沈んだように感じた。
「あっ、宮村さん」
「宮村さん?葵くんのお友達?」
可憐が人に擬態したような美少女は、柚香の瞳を捉え離さなかった。
「うん、そんな感じ」
「ふーん、知らなかった」
本当に知らなかったと言わんばかりに女子にしかわからない
「ども、初めまして、葵の彼女の高遠柚香です」
柚香は一瞬で彼と彼女の事情、距離感を察し面白そうだからと嘘をついた。
「へぇ」
一触即発、ピリつく空気に残った生徒達もなんだなんだと見守り始める。
「ちょっと宮村さん!?」
「何、葵浮気してんの?」
普段からは考えられないキャラ変というか、彼の困る顔が見たくてついつい軽はずみな言動で突き進む。
「わたしは愛内梨華っていいます。葵くんとは中学からの親友で―――」
「そうなんだ、じゃ」
柚香は軽く手を上げもう片方を葵の肩に置く。
「このあと一緒に勉強しようって、約束したよね?」
「!?」
「そんな話聞いてないんですが」
「いやこれは―――」
まるで修羅場。しどろもどろに慌てふためく葵が可愛そうになってきたところでネタばらし。
「ふふぷくふ・・・ごめんねっ、ちょっとツボに入ったかも」
いきなり口を抑え笑い始めた不審者に怪訝な視線を向ける梨華。空いた口が塞がらない葵。
「ごめんごめん、彼女っていうのは嘘」
目尻に溢れた涙を小指で掬い適当に拭く柚香。その一言を聞いて安心したのか梨華は胸を撫で下ろしていた。
「じゃそういうことで」
一体何をしにきたのか?柚香は踵を返しA組から去っていく。
残された視線に気が付いた葵は急いで立ち上がると、あとを追うように彼女の背中に向かって行った。
取り残された梨華は追いかけることも笑うこともせず、不愉快な気持ちを抱きながら彼女の正体について問い詰める決心をつけるのであった。
♦♦♦♦
「いい加減にしてよ!」
昇降口から校舎を伝い人気のないところに足を運んだ二人。陰の向こうの校庭からは陸上部の掛け声とテニス部のボールを弾く音が聞こえてくる。
「ごめんごめん」
「なんであんなことしたの!?」
「うーん、ちょっとからかってみたかっただけ」
自分でもあんなことするなんてどうかしてると思うが、起きてしまったことはしょうがない。
耳先を紅く染めフルフル涙目で訴えかけてくる葵に詫び続ける。
「勉強だって家に帰ってからでもいいよね!?」
「そうだね」
長く伸びた爪先で頬を掻き、反省してるのかしてないのかわからない柚香。
葵は怒り方を知らなかったからこれ以上声を出すのは抑えるも、自身を恥辱塗れにさせたことについては激しい憤りを感じていた。
「あの人、愛内さんっていうの?仲良さそうだったね」
「宮村さんには関係ないでしょ?それにどうして同じ名字で名乗ったの?」
「遅かれ早かれわかることでしょ」
そうかもしれないがもっとやりようはあっただろう?
葵はかつて感じたことのない不安が押し寄せてくるのを予感していた。
「とにかく、僕が愛内さんと話してる時は放っておいて」
「彼女?」
「違うよ!」
「ふーん、でも葵って中学ではぼっちだったって言ってた割にやることはやってたんだね」
「なっ―――っっっ!?」
再び完熟したぷにぷにのほっぺ。
「僕は・・・ぼっちじゃないしっ」
「やることなんてっ・・・愛内さんはただの友達だから」
柚香が葵のスマホを覗き見した時、間違いなく写真に写っていたのは愛内梨華だった。そういえば名前もそんな感じだったはず。
ただの友達があれだけのことをするかと思うのだが、これ以上葵を苦しめるのも可哀想なのでこの辺りで一区切りつけておく。
「何の話してたの?このあと遊ぼう的な?」
「・・・部活動紹介、見に行かないかって誘われてた」
「あーそりゃごめんなさい。今からでも間に合うかもしれないしさ、愛内さんに連絡して行ってくれば?因みに何部見たかったの?」
「漫研」
「(流行ってんの?)」
その部活に入れば間違いなくクラッシャーになりそうだが、残念ながらもう漫研の紹介は終わってる時刻だ。
「えっと、じゃ私は帰りまーす」
「本当に何しにきたの!?」
「だから勉強しようって話だって・・・」
柚香はめんごめんごと葵に拝み校舎裏から出ようとすると、
「・・・」
「(うっ)」
角に件の美少女が佇んでいた。
ポロッポロッ・・・。
「(マジか)」
「ちょっ・・・愛内さん!?」
葵は急に立ち止まった柚香の向こうの人影を認め、驚嘆の声を上げる。
梨華は構わず涙を漏らしたままブレザーのポケットに入っていたハンケチを目元に押し当てると、そのままどこかに走り去ってしまった。
「追いかけなよ」
「え”」
「早くしなって!元はと言えば私の責任なんだけどさ、友達なんでしょ?」
なら柚香が追いかけて謝罪の言葉を述べればいいのでは?と思ったが、彼女の曇りなき瞳に後押しされそんなことはどうでもよくなり、気付いた時には梨華の背中を追っていた。
「・・・アオハルだねぇ」
一体何様なのか?元凶は夕焼けに彩られた一筋の紫雲を見つめ、そんなことを呟いた。
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