第20話 放課後の過ごし方②
「あの、斎藤さんは宮村さんと仲良かったんですか?」
「(おっ)」
「えっと、そこそこだと思います」
「(そこそこって)」
先頭を歩く柚香の斜め後ろに陣を構える冬海と葵。
たどたどしくもコミュニケーションをとろうとする義弟の姿勢に感銘を受けるが、冬海がいつもの空気の読めなささを発揮しないか不安である。
(葵はそういうので怒らないだろうし、欠点らしいとこもないから大丈夫か)
時刻は三時前、冬海が家に帰る前に寄り道をすませなければならなかった。
「えっと、斎藤さんの御趣味は?」
「(見合いか)」
「昔からピアノを習ってまして、音楽鑑賞は好きです。あとは美術鑑賞やお花を見たり、散歩なんかも」
御堅い御趣味だこと。
「本とかは・・・読みますか?」
やはりそこから攻めるか。
異性と話しを広げるのに大事な切り口はまず趣味や共通点探しだ。
そんなものは相手から聞き出せばいいし、合えば話を膨らませられる。初動としてはいいムーブをかます葵に心の中でグッジョブを送る柚香だが、
「その話、お店でしようよ」
続きは隠れ家的なカフェに持ち越むことに。
♦♦♦♦
駅前のビル裏に入った四階のカフェ。
そこは大人が利用する場所で、制服の高校生が出入りするなんて烏滸がましいと思っていたがそうでもないようだ。
テラス席を確保できた三人は丸テーブルに腰を落ち着かせる。頭上にはパラソルがついていてなんだか海に来たような気分。
「冬海はこういうところ来るの初めて?」
柚香は若い店員が出してくれたお冷を飲み干し尋ねてみる。
落ち着かない様子の冬海はゆっくり頷いた。
「そっか。私は何度か来たことあるけど、ここは水出しコーヒーが美味しいんだ」
メニューを開き渡してあげると、難しい参考書を読み解くようにグンと目頭を近づけまじまじと選び始める。葵は一度柚香とここに来ていたため余裕がありそうだった。
「私はカフェオレにしようかな、葵は?」
「僕はカフェラテのアイスで」
「私は宮村さんのオススメで」
それぞれ決まったところで注文をし、沈黙に覆われない内に話題を切り出す。
「葵はどうだった?初日?」
周囲の寛ぐ人々を見渡しながら肝心の成果を尋ねてみる。
「えっと、僕はA組なんですけどね―――」
キリリと葵に注目する冬海にもわかるような口調で話し始める。
「クラスには前崎中の同級生もいて、普通に話せたんだ!」
パァっと顔を明るくさせる葵。何故か冬海は唾を飲み込み目を見開いた。
(ハードルが低いし、普通っっっ!!!)
自分が言えたことではないかもしれないが、これは質問に対する答えになるのだろうか?
「えっと、何人くらい?」
「一人」
「じゃ冬海と同じだね」
「なっ!」
顔を紅潮させる冬海は恥ずかしそうにこちらを睨んだあと、葵を窺った。
「すごい!すごいです!」
「はいはいすごいすごい」
聞いた私が馬鹿だったよと思っていると、飲み物が運ばれてくる。
「んー美味しそう!」
「だね!」
「・・・」
「ん?どったの冬海?」
「私実は・・・コーヒーを飲むのが初めてなの」
目の前のグラスを未知と捉える冬海。
「あーじゃあ最初は口に含んでみて、駄目そうならガムシロ入れなよ」
透き通るくらい真っ黒な水出しコーヒーに恐る恐る手を伸ばした冬海は、紙でできたストローを薄い唇で咥えた。
チュー・・・
意外と思い切りがよいというか、すぐ行動に踏み切れるのは彼女の長所かもしれない。
管がどんどん珈琲色に染まってゆき、彼女の口の中を満たしてゆく。
(ひんっ!?)
冬海は不思議な気持ちだった。
話しには聞いていた苦さはほどほどでこんなにコクがあるとは知らなんだ、おまけに冷えているからか突き抜けるくらい芳醇な酸味が豆の一粒一粒を脳裏に過らせる。
カランと氷が溶けあって、ガラスの内側にぶつかった。
「どう?」
「・・・美味しい」
「でしょ?ここの飲んじゃうと市販のコーヒーは飲めなくなっちゃうんだ」
「柚香さん、最近はコーヒーにこだわってるもんね」
言い終わって気が付く葵。柚香も気が付くが冬海は気付いてないようだった。
「ねぇ、これも飲んでみなよ」
柚香は白と茶色が斑に混ざり合ったカフェオレを渡す。
「いいの?」
「うん、これもこれで美味しいんだ」
冬海は一瞬躊躇うも、新品のストローに遠慮がちに口をつけ吸う。
「んっ、甘い」
「そう!牛乳にこだわってるのかな?すっごく濃厚なんだよね!」
冬海の初めてが満足に終わりこのパラソルのようパッと開いた笑いを見せる柚香。
冬海はカフェオレに目を落としているが、どこか恥ずかし気であった。
「あっ、葵のも飲ましてよ」
「え”?」
急に振られた葵は大きな物音に吃驚したリスのように肩を震わせ、冬海を見た。
「いやーこれは二人のよりも苦いから、オススメしないよ?」
「そうじゃなくて、私が飲んでみたい」
日本語って難しい。
「っ、宮村さん、それはちょっとはしたないんじゃ?」
「そっか、冬海はこういうの苦手に思っちゃうタイプか」
「どちらかというと僕も苦手なタイプです」
「(―――でも、初めて親しくなれそうな男子だもん)」
上目で葵を確かめる冬海。大丈夫、彼はどちらかというとというかかなり美形で口元も綺麗だ。
「高遠さん、もしよければ私もいいですか?」
「へぇ!?」
頬を紅く染めた冬海が小さな小さな声で呟いた。
「だってさ」
葵は唇をむにゅむにゅとした形で閉じた。口元がなんだか尺取虫みたいに蠢いていて、恥ずかしさを必死に塞き止めている。
「・・・ありがとうございます」
スッと差し出されたそれを口に含む。
甘さの中の苦さが先程よりもシャープに、それでいて複雑に舌の上に転がり込んでくる。
「これも、思ったよりも悪くない」
「なんじゃそりゃ」
「高遠さんありがとうございます」
「あっ、いえ」
女子が一度口を付けた物を手元に収める葵。気が付かないフリをするが柚香はその行方を見守っていた。
「私、誰かとこうしてちゃんとお茶したの、初めてかも」
「そうなの?」
「小学校は外で遊ぶ人がいたけど、話題にあんまりついていけなかった。ファッション誌とか少女漫画とかゲームとかアイドルとか、親があんまりいい目で見てくれなかったし」
「嫉妬とか悔しさとかで他人を馬鹿にして、自分は違うって思いこむのが精一杯だった」
僅かに結露したグラスの冷たさを両手で包み込む冬海。初めて知れた彼女の過去。
「で、中学は見ての通り。本当はもっと・・・」
うまく息ができない様子。醜い心と過去の残影がよりプライドを強固なものに積み上がって、目指していた場所に辿り着いた時には誰にも相手にされなくなっていた。
(不器用だね)
みんな、そうだ。
柚香も葵も器用じゃないから共感してしまう。
もっと自由にスライムみたいに柔らかく打たれ強くしなやかに、形状をその都度変えられたらどれだけ楽に生きられるだろうか?
よくプライドはないのかとか八方美人だと蔑まれる人がいるが、人間社会ではその方が生きやすい。
(そういう風に自分を持つことができたら、大人になれるのかな?)
いつまでもくよくよ幼馴染や隣に並べない人のことを想うのではなく、身の丈に合った窪みに嵌る人付き合いをする。
(中々難しい問題だネ)
柚香も葵もほぼ同時に紙製のストローに口をつけ、苦みと甘みを飲み込んだ。
「まぁさ、私らでよければ冬海の初めてに何度だって付き合ってあげるし、もっともっと色んなこと教えてあげる。ねっ、葵?」
「えっ?うん」
「・・・今更ながら聞きたいんだけど、二人ってどういう関係なの?」
「(まぁ聞かれちゃいますよね)」
葵は目を泳がせた。
「高遠さんは前崎なんでしょ?失礼だけど運動部って感じでもないし」
「もしかして―――」
「(嗚呼、あらぬ誤解が生まれそうな瞬間)」
遅かれ早かれバレるかもしれない家族問題、それを彼女に秘匿し続けるのはいいことなのだろうか?
「もしかして―――二人って付き合ってたりするの?」
高校初日、早くも柚香に選択の機会が訪れた。
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