第5話 初恋は苦い味
「吟味してるねぇ」
先程からずっと滞在している文房具コーナーで隅から隅まで見回り何かを選んでいる葵は、
「新生活なんだし、奮発しないとね!」
珍しい一面を覗かせていた。
趣味の物でこんなに目を輝かせているのは本当に好きだからなんだろうな。
「私は書ければなんでもいいや」
「駄目だよ!物によっては指の負担が軽くなるのもあるし、筆圧を込めなくてもしっかり書けるやつとかどう?」
「うーん別に今のでも使えてるし壊れてないしなぁ」
純朴少年の世界に巻き込まれてしまった柚香。
ふんすと鼻息を鳴らし是非語らせてくれという彼の圧に負け適当に選ぶ素振りを見せる。
「ははぁ」
それから葵先生のレクチャーを受けオススメのペンを買うことに。
「日記、書いてるんだ」
「ん、そうだねぇ」
カゴの中で一際目立つダイアリーと刻印された大判の本。
自分は過去を顧みてもしょうがないという考えの人間だから日記をつけるという考えはなかった。
「この後どうしようか?」
「いい時間だしそろそろ帰る?」
「じゃあ駅前の本屋だけ寄りたいな」
「ん」
買い物を満喫した二人。
傍から見れば完全にデートを楽しんでいるカップルに見えるだろうがそういう時に限ってハプニングは起こるもので、
「おっ」
本屋に向かう途中に前から来た男。
そいつはパァっと花が咲くような笑顔で手を振った。
「よぉ柚香!」
馴れ馴れしい軽薄だが芯のある声。
「―――悠馬」
邂逅はいつも突然に、残酷に。
♦♦♦♦
「えっと、久しぶりだね」
「卒業式以来だな!どうして返信くれないんだよ、忙しかったのか?」
「まそんな感じ」
流石春休み。
この人の多さだ、誰かに会っても仕方ないと割り切っていたがまさかよりにもよってコイツだなんて。
気風のよい爽やかな青年。
もう既に高校生の体躯を持った長身の男子は幼馴染の顔を見るや否や嬉しそうに近づいてきた。
中三に上がってから特に成長したと感じていたが私服で会うと本当に年上みたいだ。
「今日はどうしたんだ?買い物?隣の人って―――」
無遠慮な質問攻めだがコイツだから許されているとこはある。
悠馬はあまり見たことのない柚木の服装と隣の少年から一つの結論を察した。
「デートか!」
ポンとわざとらしく手の平に拳を置く。
「えっと、僕は」
勘違いされたと思った葵は訂正しようとするが、
「そっ、そうなの彼氏なの!」
はしっと葵の伸びかけた腕を遮り、抱く柚香。
「ちょっ!?」
「シッ、今は話合わせて」
悪いと思うが彼を出しに使い悠馬の反応を伺う作戦。
「えっ、マジか―――」
口をパクパク開閉させ指差し確認。
これは予想以上に驚いたことだろう。
あわよくば嫉妬の一つや二つさせたい。
それなのに、
「よかったなぁ~~~!!!」
柚香の艶めいた肩をぽんぽん叩く幼馴染。
「っ」
『ユウくん~!!』
柚香が下唇を噛み締めていると目の前の青年の背後から鈴の音のような声が耳に入ってくる。
「おぉミカ、ごめんごめん」
「先に行っちゃうなんてひどいよ~・・・あれ?こちらの方って―――」
「おう!同じ中学の宮村柚香とえ~っと」
「あっ、僕は高遠葵っていいます。前崎中学の」
「おー!前崎なんだ!同い年?俺バスケ部でよく部活の練習試合とか大会で前崎のヤツと会ったことあるぜ!」
怒涛の話術に圧倒される葵。
「ん、でもなんで柚香は前崎の生徒と付き合ってるんだ?」
「あーそれは・・・」
「まいいけどさ。葵くんだっけ?もしコイツのことでわかんないことあったら聞いてくれよ!俺一応コイツと同じ部活で昔から仲良いんだ!」
どこまでも気さくな悠馬。葵とは正反対な性格の持ち主。
「もういいから、彼女さんも困ってるでしょ?私達も行こ」
「なんだよ冷たいな~」
柚香は葵の腕を引き敢えて悠馬にぶつかるよう前に出る。
彼は名残惜しそうに眉を顰めひらりと身を躱した。
「入学式遅刻すんなよ~」
「・・・」
背後に聞こえる彼なりの気遣い。
柚香の心境はかなり複雑で、下げた顔を上げることができない。
「大丈夫?柚香さん?」
「―――うん」
「アイツ、何で怒ってんだよ」
「ユウくん、柚香先輩と喧嘩してるの?」
「いや別に・・・ただまぁ、心当たりはあんだけどさ」
悠馬はスゥーと息を吸い込んで、深く吐いた。
「うーん」
「ねぇ、わたし達ももう行こ?」
「おっ、そうだな」
二人が去った方向を一瞥したあと、彼らも人の波に溶けてゆく。
♦♦♦♦
「痛いよ柚香さん」
ググっと引かれたままの腕の力を葵の苦し気な声で緩める柚香。
暗い顔のままの彼女に葵は何も言葉をかけられない。
「・・・もう帰る?」
大きな液晶が映えるガラス張りのビルの下、俯く彼女に尋ねてみる。
陽が陰に隠れ始めた夕方。
街行く人の顔ぶれも年齢層が高めになってきていた。
「ううん、まだ一緒にいたい」
弱った柚香。
風に冷たさが混ざり始め、葵は着ていたシャツを脱ぐと彼女の肩にかけた。
「ありがと」
生暖かいそれをしっかり羽織ると、葵の体温が染み渡ってきた。
「優しいね、私葵のこと―――出しにしたんだよ?」
「え?どういうこと?」
「アイツ、幼馴染の悠馬はさ―――」
「私の初恋だったんだ」
「・・・そうなんだ」
「でも見てもらった通り、彼女がいる」
「長年一緒だった私じゃなくて後輩の彼女」
「んまぁ想いを伝えてなかったのも悪かったんだけどさ」
雨模様の声色に胸を痛くする葵。
柚木は目元を拭うと隣の彼に寄りかかった。
「まだ断ち切れてないの、女々しいよね」
「そんなことないと思うよ、初恋って大事なものだろうし―――」
「僕もなんとなく・・・わかるから」
喧騒なんて耳に入らない二人だけの空間。
そのまま静寂が訪れて、ただ突っ立っていた。
「―――よしっ、もう大丈夫」
思春期特有の繊細な部分を切り捨てて立ち直った柚香は葵の顔をしっかり見つめ、はにかんだ。
「心配かけてごめん!上着ありがと!」
「いいよ、それより時間大丈夫?」
「うん。最後にここ寄って帰ろ」
「・・・わかった」
背後の建物に足を運び、時間いっぱいまで葵との買い物を楽しんだ柚香。
帰宅ラッシュで混雑する電車に揺られ地元に到着。
またねと手を振り別々の帰路に就く。
(・・・恥ずかしいとこ見せちゃったな)
今日一日の行動を省みる。
彼に変なイメージを抱かれてしまったんじゃないだろうか?
なんであのタイミングでアイツが来たのか?
「あっ」
そういえば上着、羽織りっぱなしだ。
葵のニオイが沁み付いた水色のシャツは依然夜風から私を守ってくれている。
(・・・次に会った時返そ)
柚香は引き返せばまだ間に合うかもしれない選択肢を捨てた。
もう少し、この温かさに甘えたいから。
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