昨日は他人、今日から家族、いつかは彼女。~再婚相手には私と同い年の息子がいた。ただの家族のはずなのに次第に惹かれ合ってしまい・・・駄目とわかっていても止められない青春譚~

佐伯春

中学三年生、春、初めての邂逅

第1話 始まりの桜雨

 家族ってなんだろう?



 中学二年生の時、ふと辞書で引いてみた。

 でもなんだかわかんなくて、文字じゃなくてもっとこう腑に落ちるような定義というか、絶妙なニュアンスが欲しくて堪らなくなった。


 父と母が離婚した時は悲しみもあったけどそれ以上に腹が立った。

 だから前述の行為を試したんだけど・・・よくわかんなかった。


 それから暫くして片想いの幼馴染に彼女ができた。

 私が想いを伝える前に目撃してしまった。

 でもちょっと安心した。

 この秘め事はきっと、届かなかったであろうから。


 多感な中三の夏休み、受験勉強に励む私の元に母が神妙な顔をしてやってきた。

 内容は好きな人がいて、実は交際をしていて、一緒に暮らしたいと思っていること。

 子供ながらについこないだまで家族三人仲良く暮らしていたのに別れた途端これか、薄情な人だなんて思ってしまったが、大人の考えていることはよくわからない。


「―――好きにすれば」


 薄暗い自室で勉強机に向かう私。

 涼しい風が吹き出るエアコンと物静かな自室。

 先刻まで捗っていた勉強が母のせいで台無しだ。

 私は頭が良くないから人一倍やりたくもない勉強に連休をつぎ込んでいるのに気が利かないなぁ。

 なんて考えながら適当に答えたんだ。


「それじゃあその人、高遠さんっていうんだけど、今度ご飯でも行きましょう」

「ごめん、今忙しいからさ」

「でも―――」

「・・・」

「―――そう、前向きに考えておいてね」

 母は悲しそうにドアを閉めるとまた静寂に包まれるこの一室。

 あの人の気持ちがわからないわけではないが、私の気持ちはどうなるんだろう?


「あーもう」


 むしゃくしゃしてもみあげ越しに蟀谷を掻いて、その日は寝ることにした。



 月日は経ち中学の卒業式。

 色々あった中学生活だが、これで大きな目標の一つは達成され大人の階段を上るのかと考えると実感はないが感慨深いものはあった。

 本当、色々あったから。

 しかし同じ高校に件の幼馴染もいるのが嫌だなぁ。

 私は失恋したはずなのにまだ好きな気持ちがあって、けれど顔は見たくないというなんとまぁ思春期真っ盛りな感情に揺り動かされている。


 そして・・・母の再婚問題。


 今週中向こうの男、つまり新しい父親になるかもしれない人と会う。

 写真で見た限りでは悪い容姿ではなかったし、どうやら一軒家に住んでいるらしい。

 しかも地元ときた。

 またここのところ気持ち的には落ち着いていたから母の話も素直に聞けたし機嫌もいい。

 母の幸せをここにきてブチ壊したくないと広い心を持つことにした。


「先輩!卒業しても遊びましょうね!」

「あたしも~!!」

「うん、ありがとね」

 可愛い後輩達に別れを惜しまれ、新たな門出を彩ってくれる桜の木々を見遣る。



 春、それは別れと出会いの季節である。



 ♦♦♦♦


「―――それでこちらが前に話していた高遠透タカトオトオルさんで」

「初めまして!話には何度も聞いていたよ!」

「・・・この子が、息子の葵くん」

「どうも・・・えっと、高遠葵タカトオアオイです」

「(・・・そうきたかぁ)」

 私の視線は母の方に。

 母は愛想笑いで睨みを流し話を進めた。

 どうやら強引にいくつもりらしい。


「改めて、わたしが宮村亜妃乃ミヤムラアキノで」

「こっちが娘の柚香ユズカ!仲良くしてあげてね!」

「ども」

 会釈をすると、対面の男子は軽く頬を染め俯く。


 待て、なんだその反応は。


(免疫ない系かな~)


 その少年は年の頃は私と同じくらいだが、とても端正な顔立ちをしていた。

 透の方は割かしハンサムな面持ちなのだが、息子は母似なのだろうか?

 中性的でいかにもインドアなんだろうなぁと思わせる肌の白さ、少し離れていても睫毛の長さや細く切れた二重の彫り、ピンと通った鼻筋が印象に残る。

 女っぽい顔付きにあまりこだわっていないような耳まで伸びた黒髪。

 襟足も伸ばしているせいで横顔程度じゃ見分けがつかないであろう。


(結構モテそうな見た目だけどね)


 けれど中学生はもちろん、小学生もどちらかというと明るく活発なスポーツ男子がモテる。

 教室の隅で静かに暮らす人畜無害系は箸にも棒にもかからないというか、あまり見向きはされない。

 そういうのは同じグループの静かめ委員長に好かれていたりするが、この反応じゃそうでもなさそう?


「葵くんは柚香と同じ十五歳でね、誕生日は十二月・・・だったよね?」

「だから一応義弟ってことになるのかな?」

「因みに柚香にも兄妹はいないわ」

 両者の父母は必死に子供達の情報を出し打ち解けさせようとしている。


「趣味は読書で、あとはアニメとかだったか?」

「ッ!父さんっ!」

「ああすまん」

 子供のことを知っているフリをして、知らないでいる透。

 客観的に見ればそうだがどの両親もそんな感じなんだろうな。


「私も少女漫画とかは読むよ。読書って言っていいかわからないけど」

「あっ!そうなんですね!」

 葵はアワアワと身振り手振りで喜びを表現?している。

 シャイな性格なのか白磁のように白く澄み切った頬が桜色に染まってゆくのはいと雅び。

 身体の細さというか、薄さも趣味に対する説得力を持たせていた。


「それじゃあとりあえず、何か注文します?」

 母は二人のやりとりに問題がなさそうなのを確認すると更に親睦を深めようとする。


「葵くんは洋食よりも和食派よね?」

「あっ、覚えててくれたんですか?」

「ええ!料理はこう見えて得意だから!」

「そういえばさ、私達一緒に住むの?」

 メニュー表に目を落としながら口先だけで尋ねるも、返事はない。

 僅かに視線を上げると唇をモゴモゴさせお互いの顔を見合わせている大人達。


「そのことだけど・・・柚香がいいのなら、透さんも葵くんも―――」

 言葉を濁らせる亜妃乃。

 そりゃ年頃の男女がいきなり一つ屋根の下に住むんだから、そういう反応になるわな。

 度々透の家の話はしていたから予想はしていたが、もう少し相談はしてほしかった。


「はぁ・・・私は別に構わないよ。住むとしたら透さんのお家ですよね?」

「ああ、部屋も余ってるし大きさもそこそこだから不自由はないと思うけど」

 透の視線が息子に。


「隣の部屋は葵の部屋なんだけど、どうかな?」

 どうかなと言われましても。

 そりゃ年頃の男子だし、私もそうだが聞かれたくない音の一つや二つはある。

 けれど私自身そこまで男子に対し気恥ずかしさというか、悪い意味で大人だからある程度までなら気にしないタイプ。


 だがしかし、女慣れしていない彼はモジモジしながら口を閉ざしている。


「ま住んでみればわかるんじゃないですか?アレだったら防音シートでも設置すればいいですし」

「アナタねぇ・・・」

 亜妃乃は呆れたように片手で頭を抑える。


「てかそろそろ注文しよ、お腹空いちゃった」

 葵の返答を聞く前に自由気ままに動く。

 こういうキャラなんだと見せつけておかなければ。


「私ステーキ御膳ね、食後にミニパフェ」

「こらっ!」

「ははっ、柚香ちゃんはよく食べる子なんだね。ここは俺が払うから気にしないでよ」

 それから注文を終え軽い雑談を交わす。

 中学の話だとか高校の話、実は葵も私と同じ高校を受験していたらしい。

 高校では部活に入るのかと透に尋ねられたが折角なのでアルバイトでもしようかと話す。

 葵はまだ決めかねていたようだ。


 ♦♦♦♦


「ご馳走様でした」

「いやいいんだよ」

「ホントまた払っちゃってもらってごめんなさいね」

 食後、満腹になった四人は腹ごなしに散歩でもしながら話そうかということになり桜並木のスポットに赴く。

 人が犇めく往来には自分達と同じように卒業したばかりの中高生なのか、制服を着て練り歩くグループもチラホラ。

 新婚のカップルのように桜の空を見上げながら話し込む前の男女は完全に子供のことを忘れている。

 対する私達はどうしても余所余所しくなってしまい、本当に家族になれるのかと疑問になるような無言の時間が続く。


 そりゃそうだ、もっと幼少期であればそこまで意識はしなかったかもしれない。

 血の繫がりも関係なくまるで本当の姉弟の感じで一生を過ごせたかも。


 けれど私と彼は成熟を始めた発展途上の果実であり、共に過ごせば嫌でも異性として意識してしまうだろう。

 実を言うと透にさえ家での行動がどう見られるのか心配なのだ。

 もしかしたら下着を盗まれるかもしれないし部屋に監視カメラでも置かれるかもしれない。

 何かの弾みでタガが外れ母がいるのに禁断の恋も・・・だなんて話も創作にはある。

 そう考えれば比較的息子の方は性欲とか薄そうだし寝込みを襲われるだなんてないだろうが、風呂に入ってる最中に覗かれるかもしれない。


(やばっ、なんか不安になってきた)


 子供の声や花見で盛り上がる酔った色めく叫び、目出度い場なのに少し先のことを考えると気分が沈む。



「宮村さんは桜―――好きですか?」



 柚香が下を向きながら考え事をしていると隣から声がかかる。


「え?」


 声の主に目を向けるとさわさわと風に揺らめくピンクの花びらを見上げていた葵が視線を落とす。

 私よりもほんのちょっぴり背の高い彼は口角が緩んだ顔を崩さず、微笑みで問いかけ続けてきた。


「あっと・・・まぁ好きだよ」

「それはよかった。いいですよね桜って」

 急に話を振られ吃驚したが、彼の純真な瞳に感化され私も上を向いて歩こう。


「この時期だけにパッと咲いて皆を笑顔にさせて、気が付けば儚く散っていって」

「本当はもっと咲いていたいかもしれないのに、来年まで力を、栄養を蓄えてそのサイクルを崩さず一瞬に全てを賭けて満開になる」

「人生もそんなもんでしょうね」

「・・・」

 読書家だからか感性が豊かというかポエマーというか、私は桜に対しそんな思いを抱いたことはない。

 精々同級生とカフェで季節限定のドリンクを買って映えるスポットを背景に写真を撮るぐらいだ。


「あっ、急にごめんなさいなんか語っちゃって!」

 長く伸びた襟足、もみあげ、前髪がふわっと揺れてペコペコ頭を下げる葵。


「・・・私はそういう風に考えたことなかったから、素直に感心した」


「えっ?」


「いいね!その調子でどんどん葵のこと教えてよ!あと私のことも柚香って呼んで!」


「はっ・・・!!」


 何かに感激したかのように目を見開く葵。

 そしてふいと前を向いて俯き、


(っ)


 口元を手で押さえる。

 その横顔がどうにも鮮明に私の脳裏に焼き付いて、頭の天辺から爪先までの仕草が心に響いて離そうとしてくれない、見惚れてしまう。



「・・・はいっ」



(あーこれはヤバいな)



 手の中で呟かれた一言はしっかりと柚香の耳に届いていて、彼女の柔らかい部分を刺激する。



「あっ」



 不意に、春風に舞った桜の花びらが葵の頬に着地した。

 それに気が付いた柚香は手を伸ばす、



「えっ――――――」



 予想外の出来事だったのか葵は思わず口元を曝け出した状態で、彼女の指先に注視する。



(うわっ)



 彼の驚いたような白桃を思わせるかんばせ。



 多分これからもっともっと彼にドキッとさせれられてしまうんだろうな。



「花びら―――ついてたから」



「あっ、ありがとう・・・ございます」




 複雑に枝分かれした今にも折れてしまいそうなか細い枝に、





 小さな―――とても小さな蕾が一つ、芽生えた。 




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