第13話 悪魔喰い
ベラーナを使い魔にした後、フィアはアガンも同様にしもべにした。
ただアガンはベラーナの様に即座に肉体を再生させる事はしなかった。
聞けばフィアが用意したシーツだけでうろつくのは抵抗があるらしい。
「見かけによらず妙な事を気にする男じゃ」
「……腰布一枚ってのは昔を思い出すんだよ」
「昔?」
「チッ……俺は貴族のお抱え拳闘士だったんだよ。その頃のクソみてぇな暮らしを腰布だけだと嫌でも思い出しちまう」
「アガンさん……あなたもご苦労されたんですねぇ……」
フィアはアガンの気持ちを感じ取ったのか、一抱えもありそうなアガンの頭を涙ぐみながら撫でた。
「グッ!? 止めろ!!」
「あう……そうですね。男の人にする事ではありませんでした。お詫びに夕飯は大盛にしましょう」
「……また芋とキノコかよ?」
「そうですね」
その答えにアガンだけでなく
伊蔵のリクエストで流石にメニューはスープではなくなっていたが、芋である事に代わりはない。
「別の物が食いたいのう……」
「なんだよ、お前ら芋しか食ってねぇのか?」
「アガンの所為で食料を仕入れそこねたのじゃ」
「あれはそもそもお前がバーダをやったからだろうが!?」
「もめんなもめんな。体を実体にしなきゃなんねぇし、俺がなんか調達して来てやるからよぉ」
現在のベラーナの体は魔力で構成した仮初の物らしく、生身に戻る為には食事で補う必要があるそうだ。
「ベラーナさん、分かっているとは思いますが人を襲うとかは駄目ですからね」
「んなこたしねぇよ。この森にも獣ぐらいいんだろ?」
獣と聞いて伊蔵がベラーナに視線を向ける。
「狩りか?」
「まあな」
「獣はいますけど……でも人を見るとすぐ逃げちゃいますよ?」
「俺の鼻と翼がありゃ、逃げ切れる奴なんざぁいねぇよ。んじゃちょっくら行ってくるぜ」
ベラーナはそう言うと家を出て着ていたワンピースの背中をはだけた。
艶やかな赤い肌から蝙蝠に似た翼が広がる。
それは最初に見た時より遥かに大きかった。
「やっぱ嬢ちゃんは逸材だな……アンタの血に流れてんのは、なんて悪魔の物なんだ?」
振り返り問いかけたベラーナに戸口に立ったフィアが答える。
「……分かりません。お母さんは教えてくれなかったので……」
「そっか。でもまぁ流れ込む魔力の大きさから考えてもかなりの奴だと思うぜ」
「それ程か?」
「悪魔喰いの悪魔は大抵上位だからな」
「悪魔喰いだと……」
絶句するアガンにニヤリと笑みを返すと、ベラーナは翼をはためかせ空へと舞い上がった。
「悪魔喰い……」
何やら足元で考えこむアガンに気付かず伊蔵はフィアに話しかける。
「ふむ、フィア殿は優秀だったのじゃな」
「……受け継いだ力が大きくても、使い方を知らないのですから何の意味もありませんよ」
そう言うとフィアは儚げに笑った。
■◇■◇■◇■
程なくベラーナはオスの鹿を仕留めて戻った。
その鹿を伊蔵が解体し、アガンが焼いてローストにした。
その日、伊蔵達は久方振りに芋とキノコ以外の物を腹がくちくなるまで食べた。
丸いテーブルを囲み食後の余韻を味わいつつ四人は言葉を交わす。
「お腹一杯です」
「ふいぃ……アガン、お前意外と器用じゃねぇか?」
「意外とは余計だぜ。手に入れた力の使い方を訓練するのは当然だろうが」
「まぁそうだな」
クツクツと笑うベラーナと少しムッとしているアガンに、肉を食べ人心地ついた伊蔵は問いかける。
「ところでお主ら魔力の結晶という物を知っておるか?」
「魔力の結晶? なんだぁ、お前も探してんのか?」
「知っておるのか!?」
「強ぇ力を得る為には結晶を体に宿すのが一番の近道だからな……でもまぁ、噂しか知らねぇけど」
苦笑したアガンに伊蔵は詰め寄った。
「噂でもよい!ぜひ教えてくれ!!」
「なんで、んな必死なんだよ……まぁいいか、あくまで噂だぜ……俺やベラーナみてぇな若い魔女じゃなくて、何百年も生きた魔女の腹には魔力が澱みてぇに溜まるんだそうだ。そいつが魔力の結晶って呼ばれてる……ただ、くれって言ってもらえるもんじゃねぇし、倒して奪うしかねぇ。だがよぉ、長く生きたって事はそれだけ強くて狡猾って事だ、そうそう奪えるもんじゃねぇよ」
「へぇ、よく知ってたなアガン」
「俺はお前と違って遊び呆けていた訳じゃねぇからな」
「んだとぉ!?」
バンッとテーブルを拳で叩き牙を剥いたベラーナを伊蔵が睨む。
「チッ」
「……アガン、勿論候補は知っておるのじゃろう?」
「まあな……だがお勧めはしねぇ」
「何故じゃ?」
「言ったろ、強くて狡猾だって……伊蔵、確かにお前は強え。だがあいつ等はそれ以上だ。お前はたった一人で砦の奴らを皆殺しに出来るか?」
「ぬぅ……」
もし砦を落とせというなら規模にもよるが伊蔵にも出来るかもしれない。
砦を指揮する将を討ち取れば、あるいは……。
しかし皆殺しとなると一人では不可能だろう。
「アガンさん、魔女を倒す以外の方法は無いのですか?」
「あるぜ。こいつも噂の域は出ねぇがな」
「もったいぶるんじゃねぇよ。どんな方法だよ?」
アガンは頭から生えた甲殻類の足をスッとフィアに向けた。
「わッ、私ですか!? でもでも、私はまだ三十年しか……」
「お前はベラーナが睨んだ通り、かなり上位の悪魔の血を持ってる。そいつは流れて来る魔力で今も感じるぜ。しかもその悪魔は悪魔喰いなんだろ?」
「らしい……ですね」
「悪魔喰いは文字通り悪魔を喰って強さを増す、それで魔力を高めりゃ総量が上がって……」
「澱が溜まると?」
「ああ……俺も小耳に挿んだだけで確実じゃねぇが……という訳だからよぉ、取り敢えず俺の血を飲め」
そう言ってアガンは頭から生えた足をワシャワシャと動かし、テーブルの上でフィアににじり寄った。
「えっ、えっ……冗談ですよね?」
「本気だぜ。魔力の結晶は俺もずっと探してたからよぉ」
「いっ、伊蔵さん!」
「フィア殿、なんとか飲んでいただけぬだろうか?」
「ベラーナさんはそんな事言いませんよね!?」
「結構な話じゃねぇか。結晶が出来なくても魔力量は上がるんだろ? それによぉ、もう俺の血は喰ったじゃねぇか? 一人も二人も変わんねぇよ」
この場にフィアの味方は一人もいないようだ。
「頼むフィア殿」
「早く飲めよ」
「ケチケチすんなよ嬢ちゃん」
伊蔵は真剣な面持ちで、アガンは獰猛な笑みを浮かべて、ベラーナはテーブルに肘を突きニヤつきながら、それぞれがフィアに迫った。
「『みっ、みんな止まって下さい!!』うぅ…そんな……そんなおじさんの血なんて飲みたくありません!! みんな、みんな酷いです!!!」
フィアは椅子から飛び降りると寝室へ駆け込んだ。
「クソッ、ホントに動けねぇ……」
「クッ、儂が代われるならアガンが干乾びるまで飲んでやるものを……」
「……多分、そこまでの量は飲まなくていいと思うんだが……」
奥歯をギリギリと鳴らし悔しそうに言う伊蔵に、アガンは少し引きつりながら小さく答えを返した。
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