もう1人の歴代最強
「……拍子抜けね」
謁見の間にいる全員が、呆気に取られていた。
それは、ありえない光景だった。
黒髪の少女が見せつけたそれは、アルダート大陸、いや、ユグドレアに住まう者の常識からあまりにもかけ離れていた、荒唐無稽という他にない現実離れした光景。
不可能と信じられている事を、可能であるという事実へと捻じ曲げた者は、いかなる世界においても、敬意を抱かれると同時に奇異の目で見られるものだ。
だからこそ、帝国の宰相である彼は度肝を抜いた彼女を称賛しつつも、訳がわからないでいた。
だからこそ、高位貴族達は彼女が為した事に感嘆の念を抱きながらも、目が点になり、思考を停止し、やはり訳がわからないでいた。
だからこそ、近衛騎士達は理解が及ばない彼女に畏怖を覚えながら、絶句し、驚愕し、動揺を隠せず、やっぱり訳がわからないでいた。
ちなみに、黒髪の少女以外の勇者達は、今もなおオロオロと困惑していた。
当然といえば当然だろう、気がついたら見知らぬ場所にいて、周りを見れば中世ファンタジーの世界観全開の身なりをした人達がいて、偉そうな小太りおじさんからいきなり勇者とか魔王とか言われて、名前も知らないメチャクチャ綺麗な女の子が話し始めて、偉そうな小太りおじさんがめちゃくちゃキレて、がちゃがちゃ音を立てながら女の子を騎士の人達が囲んでいた。
彼ら彼女らの心境もまた当然、わけがわからない、だった。無理もない。無論、たった今、目の前で起きた現象に関してもこれまで同様、わけがわからないでいた。
「近衛騎士だなんて仰々しい呼ばれ方してるから、
ただし、彼女に関してだけは事情が全くつかめていない勇者と呼ばれた少年少女達でも理解できる、はっきりと認識できることが1つだけある。
そしてこれは、謁見の間に集まっている者達全員の共通認識である。
小太り男ことゼアルディート帝国皇帝であるアルヴァンからの勅を実行する為、黒髪の少女に最も近い位置にいた近衛騎士が、せめてひと思いにと、その細い首筋めがけて長剣を振り下ろす――と同時に、甲高い破裂音が謁見の間に響き渡る。
上位の竜種の突撃ですら耐える、銀色の甲冑――
それは、何が起きたのか正確にはわからないが、彼女が近衛騎士を倒したことだけは間違いないという現実。
謁見の間に集まった者達全てが目撃した、その理解し難い光景。そんな意味のわからない現実から導かれる、その事実――彼女がとんでもなく強いということ、ただそれだけは、その場の全員の共通認識だった。
理解に四苦八苦する圧倒的な強さを見せつけた彼女に、皆が驚いていたのだ。
「まあ、どうでもいいや……どっちみち――」
ゾワッと身体中に鳥肌が立つほどに、近衛騎士達全員が戦慄していた。
それは、目にも映らぬ
――いつのまにか倒れていた近衛騎士は、うめき声ひとつ挙げずに意識を失わされていた。
平均的な人族10倍以上の重さとなる上位竜種、例えば、アルダート大陸で有名な竜種であるグランリザード。
この竜は、現代地球最大の陸上動物であるアフリカゾウの平均的な体重である6トン相当の体重である。
そして、ゼアルディート帝国の近衛騎士がミスリルの鎧甲冑を装備すれば、グランリザードの体当たりに耐えることは可能であり、
皇帝の剣にして盾である近衛騎士にふさわしい、その高い防御力は、アルダート大陸の各国に存在する軍隊の歩兵科に属する者達の中でもトップクラス。
そう、ゼアルディート帝国近衛騎士団は、決して弱くはない。むしろ精鋭の類であり、大陸中のどの国から見ても脅威的な存在である。
だからこそ、だ。
だからこそ、近衛騎士の意識を気づく間も無く奪いさった黒髪の少女の異質さに驚愕するしかないのだ。
帝国の近衛騎士ならば、黒髪の少女がしたことを
その矛盾に満ちた現象を彼女は成した。
決して崩せぬはずの矛盾を、単なる矛と盾に変えてみせた黒髪の少女を含めた勇者達には、この世界を生き抜くために必要な、ある物が欠けている。
「
彼女の言葉を合図としたかのように、近衛騎士たちが一斉に動きだす。
ある者は長剣、ある者は短槍、ある者は短鎚。
それぞれが利き腕に得意武器を携え、空いた片腕には近衛騎士用の騎士盾をしっかりと握る。
――各々が得意とする武器の間合いを絶妙に測り、敵対する相手の力量を測る。
この一連の流れが、近衛騎士という選りすぐられたエリート集団という地位にあっても、身体と心が忘れることのない、脊髄反射的に行なって
だがそれは、彼女が担う
「ぐあああっ!?」
「……遅すぎない?」
彼女は、近衛騎士達が動き始めて武器を構えたと同時に、近衛騎士の1人の懐へと潜り込むように既に移動していた。
彼女から見て右側にいた近衛騎士は、文字通り、まばたきの一瞬、その間に昏倒させられていた。
まず、武器を持つ右腕の肘に右掌底、みぞおちに右の肘、顔面に右の裏拳。1秒に満たない間に打ち込まれた3撃で、近衛騎士は背中から地に倒れこんだ。鎧甲冑には兜の分と合わせて3つの穴。
彼女はこの時点で落胆していた。
もし、たった今やられた近衛騎士を鑑みてすぐさま鎧を脱ぎだすようならば、もう少しくらいは楽しめたからだ。
(速さで負けてるのに物の役に立たない鎧に固執するとか……意味わかんない)
仲間の1人が倒れたのを目にした近衛騎士達が即座に取った行動は――陣形の立て直し。
包囲陣形から1人抜けた穴を埋めるため、目配せしながら調整していた。
確実に言えるのは、この行動は決して間違いではない。
時間を稼げば
確かに彼らの選択は間違いではない。
間違いではないが、この場に限れば正解とは言い難い。
時間的猶予を稼ぎ、味方と合流することで勝利を獲得する、いわゆる遅滞戦術であるが、彼らは致命的なミスをしている。
遅滞戦術には、成功の前提として必須な条件が存在する。
――敵戦力以上の味方戦力の確保。
彼らが犯した致命的なミス、それは彼女をあまりにも過小評価していることである。
だが、それも仕方がない。
ユグドレアに暮らす人々が与えられている恩恵――ステータスユニットとスキルボードを、異世界召喚直後の勇者達は与えられていないのだから。
ユグドレアで生活している近衛騎士は、接続していない者の弱さを理解している。
だからこそ、彼女の武の力量に戦慄し、同時に、数が揃えば負けるはずがないと、近衛騎士達は
確かに彼女は未接続。
この点に関して勘違いはない。
近衛騎士達が勘違いしたのは、彼女の魂の
ユグドレアの人々がステータスと呼ぶ能力補正は、体内の隅々まで魔力を送るための道――魔力経路を活性化させることで初めて反映される。
使用者とステータスユニットが接続され、圧縮されている魂を解放。すぐさま魂から解放された魔力を体内に展開していき、同時に魔力経路が活性化していく。
この過程を経ることで、ステータスユニット内のステータス数値が、使用者に加算する形で反映される。同時に、スキルボード内のスキルを扱うことが可能になる。
だが、これらの工程は、ステータスユニットの成長に合わせて上昇する能力補正を使用者に正しくもたらすための処理。
魂の強度が影響する
生物の魂は通常、魂の周りに漂う魔力で固めるように圧縮されており、その過程の副産物として、魔力量に基づいた能力補正が身体能力に自動的に反映される。
例えるならば、身体強化の魔法や魔術が本人の意思とは関係なく、自動的に常時発動しているようなものである。
そして精神の強さは、生物の成長限界――リミッターに辿り着き、超えるために必要な要素。
彼女は、生家が担う
リミッターとは、いわば盲腸のようなものである。
関係が無ければ良くも悪くも何ひとつ影響を与えない、基本的には無害な存在。しかし、何かしらの刺激を与えると途端に牙を剥く有害な存在。
無害と有害、相反する2つの性質を持つという矛盾を孕んでいるのは、リミッターも同様である。除去しようと思えば可能な点も共通している。
そう、リミッターは外せる、というよりも、彼女を含めた流派の者達は、リミッターを無かったことにする。
日常的にリミッターを超えている状態にすることで、成長限界を成長させるという矛盾に満ちた選択を無理矢理成立させる。
結果、彼女のように成長限界を消し去り、上位存在へと超越する現象が起きる。
ある科学者はそれを
さて、魂の周りを漂う魔力は身体能力を上げる。
では、超越者の魂の場合はどうなるか。
超越者の強靭な魂に追随するように漂う魔力、その量は、凡百な他の生物と比べるのが
あえて言語化するのならば、世界公認チート、とでも呼ぶべき埒外の力を超越者にもたらす。
それは、ユグドレアに暮らす接続状態の個体のほぼ全てを、未接続状態の身体能力だけで凌駕するほどの差を――圧倒的な武威を生み出す。
その凄まじさは、ユグドレア最強生物である竜族か、竜族に比肩する強さの巨獣種、神魔種、それらの種族の上位者でなければ、勝負の場に上がることすら困難にする。
結論を言えば、ゼアルディート帝国は怒らせてはいけない者を刺激したということである。
ちなみに、ユグドレアでは超越者もしくは超越者に至れる魂の器を持つ者のことをこう呼ぶ。
――英傑。
その日、異世界に、ある女勇者が召喚された。
同時に、彼女にとっての勇者であり
この物語は、悲劇を撒く者を打倒するためのものである。
この物語は、かつて起きてしまった悲劇を救うためのものである。
この物語は、愛し合う者達が一生を添い遂げる結末を得るための戦いである。
この物語を、無辜な人々を愚弄するチートや魔法やスキルなどを利用して世界を殺させるようなモノガタリにはさせない――絶対に
彼女の名は、
いずれ世界の
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