ありがとうな、姉さん
「悪い姉さん。嘘言った」
「……うん」
頷いた姉さんを見て、ため息を吐く。
きっとこのまま話を聞いてくれるつもりなのだろうということは、すぐにわかった。
普段は、同じ家に暮らしていてもほとんど顔も合わさないのに、本当にどうしてわかったのだろう。
「少し、聞いて欲しい」
「うん、聞くよ」
また頷いた姉さんに、俺はツラツラと今日起こったこと、その前からあったことを話した。話しをしている側で少し申し訳なくなったが、それでも赤月とのことは、その部分を改変して。
それを姉さんはただ黙って、まだ髪は濡れているのに、それを気にした様子も見せずに聞いてくれた。
「そっか、その仲良くなった赤月ちゃんに嫌いって言ったことと、なのになんでその子のために優斗が色々やっちゃうのか、わからなくて悩んでるんだ」
「ああ……」
「そっか」
優しい声音でそう言った姉さんに、敵わないな、と思う。
俺は頭の中から、姉さんを外して生活をしていたのに、どうしてこうまで寄り添ってくれるのだろうか。
どうして、ここまで優しくしてくれるのだろうか。
「優斗はさ、頭が良いよね」
「なんだよ、突然」
今の流れでどうして、頭を褒められたんだ?
「優斗は頭が良いから、なんでも理屈で理解できちゃうし、自分の信念? とか、そういうものも持ってるんだと思う」
「……それ、今関係あるのか」
「あるよ。すごくある」
でね、と姉さんは続ける。
「優斗は信念とか、考えとか、大事にしてるものがあるじゃん。でも、ううん、だからこそ、かな。新しいこととか、優斗は昔からすごく苦手で避けちゃうの。でも、避けちゃって、嫌がって、それでも気づいたらいつもすごく大切にしてる」
「いや、そんなこともないと思うが……」
「あるよ。優斗、昔は小説とか全然読まなかったし、嫌がってたじゃん」
「そうだったか?」
結構、昔から小説は好きだったような気がするのだが。
「小学校の最初、読書時間に本読むのやだって言ってたよ?」
「……マジか」
そんなことが本当にあったのか、正直よく覚えていないが、なんとなくそうだった気がする。
というか、そんな前のことよく覚えてるな。
「まあ、その後すぐに面白い面白いって、お母さんに色んな本をおねだりしてたんだけどね」
「いや、なんでそこまで覚えてるんだよ……」
「お姉ちゃんなので!」
理由になってねえ……。
俺なんて、姉さんの小さい頃とかほとんど覚えてないぞ。
「まあ、だからさ。その赤月ちゃんのこともおんなじだよ」
「……そうかね」
だとしたら、なんと馬鹿な話だろうか。そんなことはないと、そう思いたかった。
それでも、それを否定できるだけのものはない。
むしろ、そう考えた方が行動のつじつまが合うのだ。
どうして赤月と一緒に一ノ瀬から逃げたのか、どうして彼女を部活に誘ったのか、どうしてわざわざ遠野に心当たりを話したのか。あれも思えばおかしな話だ。適当に、流せばどうにでもなっただろうに。
それに何より、そうでなくては、今こんなにも彼女の事に頭を悩ませている理由が見つからない。
ああ、そうか、俺は……。
「優斗は大切、なんだよね。赤月ちゃんが」
確かめるように、そう言った姉さんに小さく頷いた。
「そうだな、きっと俺は赤月のことが大切なんだ」
それは別になんてことはなくて、ご大層な意味を持つ言葉じゃない。
ただ大切なだけ。それだけ。
他の言葉で表すことなんて無粋だ。それでもあえて言葉にするなら、それは「日常」と言うべきもので、俺が何よりも大事にしているものだ。
俺が気づかないうちに、拒絶していたはずの彼女は、その一部になって勝手に椅子を持ち込ん居座っている。
迷惑な話だ。勝手にやって来て、散々人をかき乱して、それで気づけば当たり前のようにそこにいる。
「本当に、勘弁してくれって感じだ」
「……そうだね。でも、お姉ちゃんは少し安心したよ」
「何が?」
その問いに、姉さんはまたふわりと笑った。
「優斗が楽しそうなのが!」
相変わらず、なんとも反応しにくいことを言ってくれる。
ただ、今回は返す言葉はちゃんとあった。ただ、俺は素直じゃないからな。
「楽しかねーよ。馬鹿姉貴」
「あー! 事実を言ったなー! 勉強教えろー!」
満面の笑みで馬鹿にしてやると、姉さんはいきり立ってこちらへと向かって来る。
それを躱して、丁度終わったらしい洗濯物を片付けるべく俺は洗面所へと向かった。
「ありがとうな、姉さん」
「うん!」
照れ臭くて、顔を向けずにそう言った言葉に姉さんは、きっと嬉しそうに笑っているのだろうと、そんな気がした。
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