信っじらんない!
世の中、考えるべきことは数あれど、考えるべきことが明確な時ほど、逃げたくなってしまうのが、人というものであると俺は思う。
まあ、要するに、どういうことかと言うと、いつもよりもずっと早くに学校を後にした俺は、電車の乗り換えをする駅にそのまま降りて、ぶらぶらと街を歩いていた。
何か目的があったわけではない。ただ、多くの商業施設が居並ぶこの街は、駅からそう離れていない場所に、カラオケも、ゲーセンもある。複合型のアミューズメント施設もあれば、少し歩くが映画館も三つある。
つまり、気晴らしをするには丁度良い。
ただ、これはあくまでも一時的撤退であって、考えるべきことを忘れるためではない。
わからないから、少し問題から距離を置くことにした。
電車に揺られながら、どうして俺は赤月のために、嫌いとまで言った相手のためにあんなことをしたのか、柄にもなく、そんなことを真面目に考えた。
いつもなら、例え、誰にそこを突っ込まれても、どうでもいい、と突っぱねることが出来るはずなのに、それが出来ずに、嫌になるぐらい真剣に。
たかだか数分で答えが出ないことはわかっていた。
それでも、すぐ近くにあるはずの答えに手が届かない。このもどかしさを少しでも解消したくて、それであてもなく、街を歩いている。
周りはコンクリートジャングルだというのに、とりとめのない思考はさながら砂漠のようで、答えに近づいたと思えば、足を砂にとられて、逃げられてしまう。
何かが、邪魔をしているような感覚があって、けれどもその何かは当たり前のようにはっきりとしない。
だが、どうしてか、その感覚に違和感はないから困ってしまう。
当たり前にそこにあるもので、ただ、それがどうしようもなく邪魔くさい。
そんなことを考えつつ、周囲の人波をどこか他人事のように思いながら、道を歩く。
こうしていると、ふと自分が人波という名の一つの生き物なのではないかと、思うことがある、
俯瞰して見たときの自分は、きっと有象無象に紛れていて、誰からも見分けなんてつかないはずだ。自分を中心にして、空に視点を飛ばすような想像をしてみても、やっぱりどこにも日向優斗はいない。
そこにあるのは、人が寄り集まって出来た黒い点だけだった。
これは昔からよくやる遊びだ。
小さい頃に、頭の中で空から見た街の様子を想像して遊ぶ、なんてことをしていたその延長で、いつからかそこに自分を付け足すようになった。
自分がこの世界の中心で、主人公で、語られるべき「何者か」であるとそう考えていたからだ。
だから初めは必ず自分が居た。どんな雑踏だろうと、なんであろうと。それが楽しかったから。
しかし、気がつけば自分の姿は見つからなくなって、そのことに安心するようになっていた。
そういえば、そうなったのはいつからだったろうか。
そんなことをぼんやりと思っていたからだろうか、前から来る人を避けきれずに、肩をぶつけた。
「ッと、すいません」
「あ、いや、こちらこそ……」
咄嗟にぶつかった相手に謝ると、相手もつられるようにそう言ってこちらを見た。
最近よく目にするのとは違って、少しくすんでいて黒が混じった金色の髪。ポニーテールだが、頂点が黒だから、プリンみたいだな、なんてすごく失礼なことを思う。
「あの、大丈夫ですか?」
驚いたような顔をして固まっているので、打ちどころでも悪かったのかと心配しながら、しばらく様子を伺っていると、相手は急に鋭い視線をこちらへと向けて来た。
「日向、でよかったっけ」
名前を呼ばれた。
「ああ、はい。日向ですけど……。あなたは?」
知らない相手に突然名前を呼ばれたので、困惑しつつそう返すと相手は怪訝そうな顔をした。
「はあ? アンタ、それマジで言ってる感じ?」
「えっと、何がマジなのかよくわからないんですけど」
「信っじらんない! クラスメイトの名前も覚えてないとか、どんだけ陰キャなのよ」
「ああ……」
なるほど、と納得する。
目の前の女子が誰だかわからないが、クラスメイトなら俺の名前を知っているのもわかるし、何より今の相手の警戒マシマシの態度も頷けた。
よく見れば、だいぶ着崩してこそいるが、同じ高校の制服を着ている。
「で、誰?」
「アンタ……いや、やっぱいい。名前、教えたげるからちょっと付き合いなさい」
「は? いや、俺は」
憂さ晴らしに来たから、お前みたいな顔も名前も知らないクラスメイトAはお呼びじゃないんだが、とそう言おうとして、また睨まれる。
なにこいつ。めっちゃ怖いんだけど。あれか、ヤンキーってやつなのか? 目付き悪すぎない?
「……わかった。ここじゃ、邪魔になるしな、従うよ」
正直言って、こいつの名前なんぞに興味はないが、ここで無視した時のリスクよりも大人しく付き合って時間を奪われる方がマシだ。
「……ついて来て」
「へいへい」
「はいは一回!」
オカンか、お前は。
「はい」
「よろしい。っていうか、案外素直なのね、アンタ」
「あとが怖いからな」
「どういう意味よ」
どういう意味も何も、そのままなのだが少し不味ったかもしれない。
「いや、なんでもないから忘れてくれ」
「……覚えておきなさいよ」
そう言って、俺を何処かに案内するように前を歩くプリン頭。ポニーテールがゆらゆらと揺れている。
集団から横に逸れ、しばらく彼女を先頭にして、さながら某ゲームの勇者パーティーのように後ろを着いて行く。
いや、三歩距離を取って大人しく歩いているから、どちらかと言えば、江戸時代とかその辺の夫婦だろうか。どっちでもいいか。どっちでもいいな。むしろ後者は、聞かれたら気持ち悪がられるまである。
何はともあれ、面倒臭いことになった。その事実に、心中で項垂れた。
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