ハグ好きJKに毎日抱き着かれて、正直困るんだが

高橋鳴海

一章

ひねくれ者は、犬も喰わないよな

 よく小説の書き出しに「何の変哲もない日々」云々という文言が使われることがある。

 しかしながら、なんの変哲もない日々なんてものはその実、この世には存在しない。

 平凡を絵に描いたようなド平凡が服を着たような存在である俺ですら、日々の生活の中で些細な変化を感じることはある。


 例えば、先日まで仲良くしている様子を見かけていたクラスメイト二人が、何故か険悪になっていたり、普段は本なんか読まないようなやつが急に雑学の本を熱心に読むようになったり、この間まで接点の一つもなかった相手と授業を通して組んだグループがきっかけで関わるようになったりもする。


 そんな一つ一つが特別に映るからこその日常なのだ。そんな日常を日向優斗、つまるところ俺は愛していた。


 なんてことを考えていたのが、つい先日までの話である。


 いや、その信条自体に変わりはないのだが、きっと今の俺が言っても説得力がないだろう。


「ぎゅうーッ」


 口で擬音を出しながら、俺の体を正面から抱きしめて来る女を見て俺は頭を抱えた。


 綺麗に染め上げられた金色の髪、身長は高くも低くもない。体は細くて、こちらから抱きしめてしまえば折れてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。


 顔は思い切り俺の胸板にこすりつけられているため、よく見えないが、まあ整っていたはずだ。うちの高校でもトップクラスだったと記憶している。


 名前は赤月花蓮。


 俺のクラスメイトで、校内でもその容姿から注目を集めているいわゆる美少女。

 どんな相手にも分け隔てなく接するためか、男女共に人気があって、昼休みはいつも人に囲まれている。


 俺はと言えば、そんな彼女と接点があったかと聞かれればそんなことはない。


 こんな状況になっているのに? そう、こんな状況になっているのに、ここ最近までろくに話したことすらなかった。


 そんな俺に対して、赤月とそれなりに会話をしたことのある友人はこう言った。


『ひねくれ者は、犬も食わないよな』


 新しい言葉を作るな。それを言うなら夫婦喧嘩だろう。あと、俺は別にそこまでひねくれてはいない。


 そう思った俺は友人に噛みついたが、彼は得意気な顔をするばかりであった。


 今なら恐らく、俺の方が得意気な顔をしてやれるだろうが、しかし、この状況を彼らに教えるなり見られるなりすれば、俺は翌日にはこの世の者ではなくなっているだろう。


 ドラム缶に詰められて、海にぼちゃんである。


 世の中のリア充に唾を吐いて周るあいつなら、やりかねない。


 で、何故そんな不安を抱えながらも、俺がこうして彼女を部員が俺一人の文芸部に招いて、事情を知らなければいかがわしいことをしていると思われてもおかしくないような行為に及んでいるかと言えば、山よりも高いようで高くない、海よりも深いようでやはり深くない、それはもう話すのも馬鹿らしく思えてくるような訳がある。


 もちろん、実は俺と彼女は幼馴染でしたー的な展開ではない。


 そもそもの話をすれば、それは理由と呼べるほどのものではないとすら思えてくるほどに曖昧なもので、いくつもの偶然の上に発生したものなのだ。


 それこそ宝くじで一等を引くようなものである。


 こちらとしては、貴重な部活動の時間を奪われているので宝くじと比べれば、全く有難くはないのだが……。


 まあ、そんなんでもこうなってしまったのには訳がある。


 なければよかったのになあ……。

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