ときには、心躍る昼食を(ときにはシリーズ③)

トド

第1話 『お願い』

 秋だと言うのに、その日は夏を取り戻そうとするくらい暑い一日だった。


「まったく、よりにもよって今日! 俺に対する嫌がらせのように、こんなに暑くならなくてもいいだろうが!」

 男は外套を頭から被り、ナイムの街の大通りを避けるように移動していたが、あまりの暑さに我慢ができなくなり、それを取って顔を顕にする。


 それだけで、風が顔に当たって、涼しくて心地いい。

 日差しは強いが、やはり風は秋の風のようだ。


 男は二十代後半くらいの若い男だった。

 金色の髪を短く切りまとめたワイルドな風体だが、どこか育ちの良さを感じさせる気品がある。だが……。


「ああっ! やっていられるか! もう知らん!」

 男はやけくそ気味に叫ぶと、安物の外套を無造作に道の端に捨てる。

 その仕草は、どう考えても気品とは程遠い姿だった。


「……喉が乾いたな……」

 暑い中を歩き続けて汗をかいた男の体は、切実に水分を欲していた。


 金はある。

 だが、大通りに面した店で飲食をしようとすれば、間違いなくこれまでの苦労が水泡に帰す。


 しかし、喉が渇いた。

 昼間から、ビールが飲みたい。

 

 いつも頑張っているのだから、たまには神もそれくらいの贅沢は許してくださるはずだ。


 男は自分に都合のいいように考え、嘆息混じりに裏通りを歩く。

 

 ああっ、なんだか腹も空いてきた。

 美味い食事をしながら、ビールを飲みたい。

 食事は、冷たいビールをより上手く感じられるように、熱い料理が良い。


 口に入れると、思わず、ハフハフと口内で冷まさなければいけないくらいの、熱い料理が食べたい。


 男の口からよだれが分泌される。


「ああっ、こんな裏通りでもやっているレストランが、都合よく見つからないだろうか?」


 大通りに面している高級店でない分、味はそれなりかも知れないが、この際それでもいい。

 熱々の料理とビールだ。


 男はキョロキョロとあたりを見渡しながら歩くが、そう簡単にレストランなどあるはずが……あった。


「神は、やはり私にお慈悲をお掛けになられたか」


 小さいが、間違いなくレストランのようだ。大衆向けの店のようだが、この際どうでもいい。この渇きと空腹を満たせるのであれば。


 しかし、男はそこで絶望することになる。


「なに! まだ、昼を少し過ぎたばかりだぞ!」

 男は怒りの声を上げる。


 ようやく見つけたレストランの入口には、『本日の営業は終了しました』と書かれた掛け看板が入り口に掛けられていたのだ。


「んっ? だが、店の中は明るいな」

 男はそう思い、ダメ元で入口のドアを押すと、鍵は掛かっていなかった。


 もう、金を払ってでも水を一杯もらおう。

 男はそう思い、ドアを開けて店の中に足を運ぶ。すると、


「あらっ、いらっしゃいませ。生憎と食材を切らしてしまいまして。簡単なありあわせの料理でしたらお出し出来ますが、よろしければ食べていかれませんか?」


 まるでドアが開かれるのを待ちわびていたかのような笑顔で、入口近くの席に座っていた、金色の髪の若い女性が出迎えの言葉を掛けてくれた。


 男にとって、これが、この店『パニヨン』と、その料理人であるバルネアとの出会いだった。




『ときには、心躍る昼食を』




「はい、レイちゃん。しっかり野菜も食べなければ駄目よ」

「あっ、ああ。わかっているよ、バルネアさん……」


 レイは、団長伝えに、バルネアから頼みたいことがあるからと言われ、昼食の休憩時間を遅くしてもらい、こうして『パニヨン』を訪ねてきた。


 すると予想通り、まずはバルネアの作ってくれた料理に舌鼓を打つこととなった。


 レイは十八歳の少年である。

 いや、青年と言ったほうがいいのだろう。このエルマイラム王国では、十八歳で一人前の大人とみなされる。

 それに、レイは自警団のメンバーとしてもう四年近く働いているのだから。


 だが、バルネアにとってはまだまだ子どもにしか思えないようで、今までと変わらない扱いをされてしまう。

 

 レイは負けん気が強く、気に入らないことがあれば年上だろうと身分が高かろうと言うことは言う人間なのだが、どうしても日頃お世話になっているバルネアには頭が上がらない。


 けれど、それを不快には全く思わない。

 むしろ、この人のためならばいくらでも力を貸そうと常日頃から思っている。


「今日は、ジェノ達はいないんですか?」

 相変わらず絶品の食事を楽しみながらも、レイは普段と違いバルネア一人しかいないことを不思議に思う。


「ええ。二人には、少し出てもらっているの」

「そうなんですか」

 まぁ、ジェノ達がいないほうがレイもバルネアと話易いので望むところではあるのだが。


「しかし、俺だけバルネアさんの料理を堪能したと知られたら、キールの奴に羨ましがられるな」

 後輩であり、頼りになる相棒のことを思いながらも、レイは食事を続ける。


「そうね。今度、キールちゃんにもご馳走するからって、私が言っていたと伝えておいてね」

「はい。キールの奴、喜ぶと思います」

 レイが応えると、バルネアは嬉しそうに微笑む。


「やっぱり、レイちゃんも食べ盛りね。どんどん食べてくれて嬉しいわ」

「いや、バルネアさんの料理が美味いからですよ」

 レイは口元を綻ばせる。


「レイちゃん。食べながらでいいから、私のお願いを一つ聞いてくれないかしら?」

「ええ。そのために来たんですから、遠慮なく言って下さい」

「助かるわ。今回ばかりは、ジェノちゃんとメルちゃんにお願いするわけにはいかないし、団長さんでも駄目なのよ。レイちゃんにしかお願いできないことなの」


 バルネアの言葉に驚きながらも、レイは嬉しい気持ちを隠すことに務める。

 あのジェノとメルエーナではなく、自分を頼ってくれたことが素直に嬉しくて、頬が緩みそうになってしまったのだ。


「俺で良かったら、どんなことでもやりますよ」

 レイは上機嫌でそう言うと、バルネアは笑顔で頼み事を説明してくれた。


 しかし、その内容は、レイの予想を遥かに超える内容だった。

 思わず食事が喉に詰まりそうになってしまうほどに。


 そして、レイはこのバルネアという、普段はのほほんとした女性が、実はとんでもない人物だということを再確認したのであった。

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