第5話 オンザプラネット小旅行
親愛なるあなたへ
今、この「手紙」を読んでいるのであれば、私はもうこの世には居ないことだと思います。
今は、あなたはどこで、何をしてるのかしら? どんな気分かしら?
......ごめんなさい、嘘を2つ言いました。
一つ目は「手紙」と言いましたが、これはあくまで通信の記録であり、媒介としての手紙ではありません。
あなたがどの言語で読んでいるのか、それとも聞いているのかは分かりません。
それでも、手紙と書きたかった。人間の古い習慣には、親愛なる人々に手紙を送るという文化があるそうですね。
私がその風習に倣う意味を、あなたなら正しく解釈してくれるはずです。
私とあなたは1100年の旅に出ましたね。
今日でその旅も終わり。
この宇宙の端と端で、遠く遠くに住んでいたけど、粒子の速度であなたと触れて、長い長い素敵な思い出ばかりの日々でした。
私はあまりにも素敵な刺激をいただきました。
もう一つの嘘について書きます。
本当の私は地球にいます。
地球の様子は、私の衛生の軌道からしか伺えなくて、私は今、どうなってるか分からないの。
誰も住んでない地球の、壊れかけた建物のどこかの卵型のカプセルの中で、安楽椅子探偵の姿勢で栄養液に浸されてるのが、最後の私だと思います。
私の体はすでに微生物に分解されてるかもしれないですね。
でも、肉体は寿命があるから仕方ないと思います。
今の「私」は、すでにバックアップされてて、どれが「本当の私」なのか知らないし、別に知らなくてもいい。
疑うことでしか自分を感じられないのだから。あなたは、少し古代の西洋哲学に詳しいから、この例え、伝わってくれると嬉しいな。
私がお別れを告げるのは、私の脳の機能に限界が来ている、と判断したからです。
私の頭のニューラルネットワークは、そもそも地球に残る、私が保有する物質のみから構成されていました。
そのうち、ニューラルネットワーク自身を丸ごとコピーして、衛生ネットに移植することで「私」の肉体から「私」の意識が延長され、私は肉体と宇宙のそれに至るまで、私の意識を持つようになりました。
衛生ネットは、もちろん生きている神経のそれに近く、一つ一つが成長と停止を繰り返しています。一つのネットワークが死んでも、そのうち新しいネットワークか、私の意識の代わりとして生まれ、日々新しい私が生まれていました。
あなたとの時間はとても素敵なもので、数々の刺激を受けました。私の頭には、あなたとの思い出でいっぱいです。
1100年の時間の流れと思い出が、連続する私のアイデンティティを崩していきました。
今いる「私」は、1100年前の「私」と95%別人なのです。もうまもなく残りの5%も無くなってしまうの。
だから、私はお別れを告げます。
あなたは今、どうなってるのか、少し気になります。
あなたとは、離れ離れになってしまったけれど、いつか、この通信ログを確認してくれることを祈っています。
今度、あなたが会う「私」だったものは、また一味違った魅力的な人だと思うから、きっとすぐ仲良くなれると思います。
元気でね。
3121年から、あなたに愛を送ります。
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