第103話
「ふむ、前回の村より優良じゃないか。お前とお前、それからあの子供は王城に連れて行く。フフッ」
陰険な笑みで指をさすマンシャク。予想はしていたものの、あまりに典型的な姿に笑ってしまった。
マンシャクは女を選び終えると用は済んだというように席を立つ。
すると、村長が火の付いたように立ち上がった。
「マンシャク様、農作物でしたらいくらでもお渡しいたします。ですが、女性たちまで連れて行かれるのは酷い仕打ちでございます!」
わずかな食糧を奪うだけでは足りず、あんなに幼い少女たちまで連れて行くなんて話にならない。
子供たちは守るべき対象だった。
村長が身を乗り出すと村人たちも憤然としてマンシャクを睨みつけ立ち上がった。
「ったく、この村はだめだ。一段と反抗的だ。そうか、貴様のせいか」
その態度に腹が立ったのかマンシャクは自ら剣を握るとそのまま村長に向かって振り回した。
剣が村長の胸を下から斬り上げる。そして、地面に血しぶきを撒き散らした。
その一撃に村長は倒れ込む。
「村長!!」
村人全員が驚愕の表情で叫んだが、マンシャクはむしろ身悶える村長の体を踏みつけながら言った。
「生意気なやつらめ。さっさと跪け。村を燃やされたいのか」
「おい、てめぇ!」
他でもない村長の倒れる姿にゴードゥンは血迷ったのかそのままマンシャクに殴りかかった。
だが、またしても兵士たちの蹴りがゴードゥンに向かう。
そして兵士たちが剣を振り回した。
まさにその時。
エリウ村の民心が急落した。
[3]になったのだ。
10どころか3まで下がってしまった民心。
10でも民乱が起こる数値だ。ゲームでは民心を10まで下げれば民乱が起きていた。
そんな数値が3なら言うことなしだった。
そう、時が来たのだ。
それを証明するかのように村人たちは一斉に駆け出し家から農機具を持ち出してきた。
手鍬に鎌、棍棒まである。
先頭に立つのはメロルだった。蹴り飛ばされて憤怒するゴードゥンも宿舎に隠しておいたナイフを持ち出す。
主導しているのは山賊出身だった。
人々の視線が踏みつけられた村長へと向かう。
結局、主導者の登場に一人二人と名乗りを上げる村人たち。
みんな怒りの眼差しだった。
村の精神的支柱で数多くの逆境に立ち向かえるよう助けてくれた指導者。
このノルマを乗り切ればしばらくは大丈夫だろうと慰めてくれていた、そんな村長の倒れ込む姿を見た村人たちは完全に理性を失ってしまった。
「みんな! 村長の敵を討つぞ!」
憤慨して立ち上がった村人たち。
俺は少し驚いた。身分制社会における反抗は本当に最後の手段である。
どのみち大体はその結果が死となる場合が多いからだ。
対等に戦えるのはゴードゥンやメロルといった山賊出身者に過ぎなかった。
事実上、このままでは虐殺も同然だ。
「きゃぁぁあっ!」
突撃するマンシャクの兵士たち。
とにかく俺の扇動ではなく農民たちが自ら作り上げた状況。
だから俺もそれに自ら乗り出した。
他にも被害者を出すつもりはなかったから。
ジントにはセレナとミリネを守らせているし、どのみち俺しかいない。
とにかく民心を下げることには成功した。
村長が負傷するという状況も避けたかったが、あまりに突然の出来事で仕方がなかった。
そんな中、マンシャクは連れてきた少女の体をあちこち触り戯弄しながらいやらしい笑みを浮かべていた。
「どうだ、面白い光景だろう? 4年は殺さないでやるよ。良かったな。フッハハハ! 残りは皆殺しだ。生意気なやつらめ。こんな村燃やしてしまえ!」
そこまでしないと気が済まないと言わんばかりに命令しては笑い出した。
俺はそんなマンシャクの前へと歩み出した。
「何だ貴様は!」
飛びかかってくる兵士なら当然一刀のもとに斬り伏せた。
そんな俺を見て少し驚いたのかマンシャクはとぼけたことを言い放つ。
「え?」
そのざまが可笑しくて俺は笑ってやった。
「愚か者め」
俺のその言葉にマンシャクは呆れ顔で大声を出した。
「すぐにこいつから始末しろ! 八つ裂きにして殺せ! 俺を誰だと思ってやがるんだ!」
マンシャクに対話をする気はなさそうだった。まあ、俺もそのつもりはない。
村人たちに襲いかかっていた敵兵が一斉に俺を見る。
それに伴い村人たちの視線も自然と俺に向いた。
「村長に手を出すとは、やり過ぎたな。それだけでも死罪だ」
俺がそう言うとあちこちで声を上げる村人たち。
「そうだそうだ!」
「っ……よくも村長を……!」
「俺たちみたいな人間を迎え入れてくれたのはあの方だけだった。他の村では断られてばかりだったのに」
ゴードゥンも俺の言葉に同調してマンシャクを睨みつけた。だが、マンシャクはくだらないと鼻で笑うだけ。
「おい、お前ら! 何して…………って、あ?」
マンシャクは目の前に広がる光景が信じられなかった。
俺を攻撃していた兵士たちが瞬く間に死んでいったのだから。
最速で[攻撃]コマンドを連打したからかなりのスピードだった。
俺はその様子を呆れ顔で眺めるマンシャクを足で蹴飛ばした。
歯が吹っ飛び椅子ごと転倒するマンシャク。
俺は彼に戯弄されていた少女に逃げるよう手振りをしてから再び残りの兵士を倒し始めた。
「どけっ!!」
村人たちが兵器として農機具を持ち出したところに兵士たちが攻めかけた状況。
だからまだ衝突は起きていなかったがゴードゥンはすでにひとり戦っていた。
特に時間を稼ぐ必要もないため、俺はそんなゴードゥンと戦っていた兵士の首を斬り飛ばした。
あっという間に30人の兵士たちは倒れ、マンシャクは俺の蹴りに転倒したまま一人となってしまった。
「さて、こうなったら……死んでもらわないとな」
「何なんだ貴様は……っ!」
化け物でも見たかのような顔のマンシャク。
蹴りの衝撃で口から血を流しながら這って逃げようとしたがそう遠くへは行けなかった。
俺はさらに劇的な効果をもたらすためマンシャクの首を完全に斬り落とした。
それから剣についた血を振り払って村長のもとへ駆けつけた。
幸いにも致命傷には至らなかった。
マンシャクの武力がわずか23に過ぎなかったからだろう。
「村長はまだ息がある! メロル、すぐに山に登ってセレナを連れて来るんだ!」
俺の言葉にメロルは夢中で駆け出した。
やがて戻って来たセレナが村長の容態を確認し始める。
「大丈夫です。無事だと思います。もちろん、薬草がいくつか必要にはなりますが」
それは嬉しい知らせだった。
「生きられるのか?」
「やってみないとわかりませんが……最善を尽くします!」
セレナが俺に向かってうなずくと村人たちは手を合わせ安堵のため息をついた。
俺はセレナに村長を任せてゴードゥンとメロルを呼んだ。
「村長がやられたことは憤ることだが食ってかかってどうする。討伐軍が来ることは考えなかったのか?」
「そ、それは……」
先陣を切ったメロルは吃ってしまった。
「それより、一体あんたは何者だ。何でそんなに強いんだよ!」
メロルが聞いた。憤怒よりも今この瞬間は驚きが支配していた。
「そんなこと今はどうでもいいだろ! 村長が目を覚ましてからにしろ」
結果、セレナの努力によって村長は命を繋いだ。だが傷は深く目を覚ますことはできずにいた。
村に大きな心配事ができたも同然であるため村人たちは全員倉庫に集まった。
「討伐軍の手に死にたいのか? 堪えようと思わなかったのか? 一体何を考えてるんだ」
そう、俺はそこで堪えてほしかった。こんなふうに血を流せと作った計画ではなかったから。
この状況を利用したのは事実だが俺の望むやり方ではなかった。
ここで耐えることにより、その憤怒で一気に大きな民乱を起こすという計画だったのだ。
だが、世の中そう思い通りにいくはずもなかった。
「食糧どころか女……それも子供たちまで連れて行くのは……。まあ、そこまでは我慢できたとしても、村長を踏みつけた時にはどうにも我慢ならなかった」
「そうだ。あんたも言ったろ。村長に手を出したのが間違いだって。あいつに」
ゴードゥンとメロルが同時に口を開いたが俺は首を横に振った。
「それを責めているわけではない。これからどうするつもりだってことだ。このまま死ぬ気か?」
「それは……。でも、逃げるとしてもどこへ逃げれば」
「そうだな……」
村人たちも互いに顔を合わせながら言葉尻を濁した。救いようのない状況であることは認知しているのだろうか。
その後、ジントを送って調べてみると近隣の村ではおよそ3カ所が燃えてなくなっていた。
マンシャクの蛮行の酷さはこの村だけに向けられたものではなく他でも反発を呼び起こしていたということだった。
親が親なら子も子だ。
おかげで有志を募るのが容易になった。
エリウ村の民心は[3]。
そして、王都全体の民心は[8]だった。
この税の徴収を口実にマンシャクが村を騒がせたことで民心が一気に下がっていた。
幼い子供や人妻にまで手を出そうとしたのだから当然だ。
その怒りはそのままルシャクに向かわざるを得ない。
「死体は全て埋めたが直に行方を捜しに来るだろう。近くの村を虱潰しに荒らし始めるはずだ。農作物をかき集めに行ったきり戻っていないわけだから、その原因を村のせいにしてくるだろう」
「あんたは文字もわかるし村人の中でも一番賢いだろ。何か方法はないのか? それにあんた……十分強いじゃないか。一体なぜこんな村に流れ込んできたんだ?」
「そのことだが、村長には話したが……いろいろ事情があるんだ」
そして俺は再びゴードゥンに尋ねた。
「ゴードゥン、村長のおかげで農業を営みながら平凡な暮らしを送れるようになった時の喜びはどうだった? 山賊としての生活と何か違ったか? この農作物が奪われることなく、君が売ったり食べたりできる収穫物になっていたらの話だ」
「あ? なぜそれを?」
山賊という言葉に反応して驚くゴードゥン。だが、俺はすぐに続けた。
「そんなことはもうどうでもいい。山賊だろうが敗残兵だろうが今では皆同じ村の人間。共に危機に陥った仲間じゃないか」
「それもそうだ……」
村人たちの顔を見回すと全員がうなずいた。俺の言葉に同意するという意味だろう。
生死を共にしたことで村人たちはすでに一丸となっていて出身など重要ではなかった。
それを越える仲間意識が芽生えていたのだから。
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