第17話
[エイントリアン領地軍:13432人]
[訓練度:50]
著しく低下していた訓練度はハディンの努力により着実に高まっていた。あと数か月奮励すれば、新たに徴兵した兵力がそれなりの軍隊に変貌を遂げるのは既定の事実。租税政策を維持しているため民心の数値も70から変化のない状況だった。
「閣下!」
順調な状況に満足しながら木陰の椅子に座って兵士たちの訓練を見ていると、ハディンが驚愕した顔で走ってきた。
「かかか、閣下! 今入ってきた急報によると北方の国境も侵略されたようです……。さらに、国境が崩壊して現在ナルヤ王国軍がルオン領地まで攻め込んできているとか!」
ハディンの口から出てきたのは俺のよく知る歴史だった。俺がここでナルヤ王国の侵略を阻止した後のバタフライ効果はまだ現れておらず、ナルヤ王国のルナン王国への侵攻は歴史のとおりに実行されている模様。
それは俺にとってむしろ好材料だった。その歴史を利用できるということだから。
「それは本当か?」
「はい。それも大軍です。敵は数十万を超える大軍だそうです!」
「そうか。まあ、俺たちはもっと訓練に邁進するのみだ。気を引き締めろ、ハディン。指揮官がそんなふうに動揺していてどうする」
「そ、それは……。申し訳ありません!」
「ご主人様!」
すると今度は侍従長が俺の元に駆けつけてきた。こっちも急いで走ってきたのか荒い息づかいで俺を呼んだ。
「何もそんなふうに侍従長が走り回らなくても人を送ればいいだろ……」
「ご主人様、それどころではありません。あっ、あちらに、王の勅書を持った勅使がお見えになられております!」
侍従長が息を切らしながら兵営の外を指さした。そこには王旗をつけた馬に乗る将帥と兵士たちの姿があった。馬に乗った男は巻物のようなものを持っていた。
王の勅書?
それはまったくの予想外だ。北方の戦争は俺の知る歴史のままだが、それ以外は完全に違う歴史が繰り広げられている気分。それが俺にとって良いのか悪いのかはまだわからないが。
とにかく勅使が来たというからそちらへ向かった。反逆するわけでなければ、勅使は王のように待遇しなければならない。それが王法。俺が兵営の入り口に到着すると勅使が馬から降りてきて聞いた。
「エイントリアンの領主、エイントリアン・エルヒンですね?」
「そうだが」
俺の返答を聞くなり、勅使はすぐに巻物の形をした勅使を広げた。
「エイントリアンの領主は王命を奉ずべし!」
その力強い声を聞いた俺はひとまず跪いた。王の勅使に領主が跪くのは当然の王法。勅使もそんな俺の姿を確かめてから勅書を読み始めた。
「エイントリアン・エルヒン伯爵よ。ナルヤ王国の侵略を阻止した功を褒め称えよう。そなたの能力を高く評価する。すぐに王国軍に合流してその能力を発揮せよ。非常時局に伴い国境の領主としての役職は無効とする。国境は領地の兵力に任せ、そなたは最前線で兵士を率いて国を守るべし」
何だと? つまり、俺ひとりで最前線に赴いて指揮官として参戦しろということか?
王国軍は領地軍の上位互換だ。
普段は首都を守備する王の軍隊を王国軍と称するが、戦争が起きたら各領地軍を集めて連合軍が編成される。
ただし、他国と国境を接していて常に戦争勃発の危険がある国境地域は例外だ。
国境地域の領地では戦争が起こっても兵力は移らない。
もちろん、もっと危急な状況になれば首都を最優先として総動員令が下されるが、まだそれほどの段階ではない。
だから、ひとまず俺だけに来いということ。
最前線に赴くことで得られる実益は?
領地を復興させるだけのお金は十分にある。
兵力を育てるためには領地の人口を増やさなければならない。お金で他の地域から人口を吸収して兵力を育て、そして復興させる。
そんなことはいくらでも可能な状況。
しかし、現在の状況で一番大きな問題は人材不足。
優れた人材が一人もいない。
天下統一のためには人材が必須だ。
エイントリアンには人材がいないが最前線はどうだ?
最前線には多くの武将が集まる。だから、当然優れた人材は多いだろう。
その中から俺の味方になる人材を探す。
それは絶対に必要なこと。
それに、エイントリアンにいればレベルアップの機会も少ない。いつ戦闘が起こるかわからない状況にあるからだ。
一方、最前線では日常的に戦闘が起こる。
つまり、レベルアップが狙えるということ。
実はこれが一番大きかった。
もちろん、それだけの危険は伴う。
だが、俺には特典がある!
命を守る武器はあるから挑戦してみる価値はあった。挑戦なくして成功はない。
ゲームの歴史では今回の戦争でルナン王国が滅亡する。
そうなれば、エイントリアンも滅亡することになる。
俺はひとまずそれを阻止した。
だが、ナルヤ王国は首都を占領した後でエイントリアンも占領しようとするだろう。
今はまだエイントリアンは領地の力が足りない。
ここでルナン王国の滅亡を阻止してもっと兵力を育てる時間が必要だった。
つまり、ルナン王国にはもう少し盾の役割をしてもらわなければならない。
俺が最前線に行ってルナン王国の滅亡を遅らせることができれば、領地の力を育てるための時間が生まれる。
人材。レベルアップ。そして、時間。
実益は溢れかえっている。
迷うこともなかった。
計算を終えた俺は勅書を丁寧に受け取りながら言った。
「エイントリアンの領主エイントリアン・エルヒン。王令を謹んで承ります!」
*
ルナン王国軍の臨時司令部は現在の首都からあまり離れていないリノン領地のリノン城に設けられていた。
ルナン王国軍の総大将は領主たちの首領といえるローネン公爵だ。
ローネンは王国軍の参謀であるヘイナと人事異動に関する会議をしていた。総大将は軍団に所属する各部隊の指揮官たちの総指揮官だ。総大将のすぐ下に副大将という職位があるが、実質的に王国軍の作戦を計画するのはまさに参謀だった。
争議の花といえるこの役職はナルヤ王国軍の侵略後すでに3回も変更があった。一人目は戦死。二人目は失踪。
今度新しく任命されたのは首都で明晰な頭脳で有名なベルヒン・ヘイナだった。彼女はローネン公爵の親戚でもある。
普通なら誰もが就きたがる参謀という職位。
しかし、ナルヤ王国に連戦連敗を重ねている今は誰も望まない職位でもあった。国を滅亡させた参謀として歴史に名が残ることになるだろうから。
「エイントリアン伯爵を一体どこへ送ればいいんだ」
「私も少し考えてみましたが……」
ここ一番の悩みの種であるエイントリアン伯爵の処遇に関する質問にヘイナは少し間をおいて続けた。
「補給基地がいいかと」
「それは本気で言っているのか?」
ローネン公爵が戸惑った表情で聞き返した。補給基地の補給部隊は首都から届く兵糧を戦場に補給するとても重要な部隊だったからだ。
「補給部隊の現指揮官で北部で戦死したノーラン伯爵の職位に就かせるつもりです」
「いや、いくら何でもその重要な職位に評判の悪いエルヒンは絶対にならん」
ローネン公爵が強く反対すると、ヘイナが説明を続けた。
「ですが総大将! 最前線に送って彼に数千人の兵士を任せられますか? それを心配なされて適当な職位を探すようにと仰ったのでは?」
「王命だぞ。補給部隊だなんてそうはいかないだろ。もっと何かいい方法はないのか」
「補給部隊なら問題ありません。最前線に送ったらコントロール不可能です。それに任された部隊を壊滅させるかもしれません。それなら、むしろ監視できる補給部隊に送ってこちらでコントロールした方がよいかと。私がしっかり監視します。もし変なまねをしたらすぐに王に報告して彼を重用しろという命令を撤回させます。すべて計画があるので私を信じてください」
王の命令だから彼に職位を与えなければならない。
だが、彼の爵位はなんと伯爵。
彼には指揮官以上の職位を与える必要がある。それが身分というものだから。
だから、ヘイナにとっての方法はこれだけだった。今のような状況で、遊ぶことしかできない放蕩な伯爵に任せられる職位などないから。
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