第12話

*


 敵軍は退却し、戦闘では勝利を収めた。

 生きて帰った敵軍の数は2000人にも及ばず、それだけ山道で大勢の兵力を殲滅できた。


 そのすべてを目の前で見守っていたベンテは泥酔状態だった。そんな状態でもグラスを持つ手を止めることなくお酒を口に注ぎ込む。もう随分飲んでいて顔は真っ赤だった。


「百人隊長! もうお酒はそのへんに!」


 見かねた隣の部下がベンテを止めながら肩を揺さぶった。


「おい、今日みたいな日に飲まないでどーする! ウハハハハ!」


 ろれつの回らない口調で大きく笑ったベンテはさらにお酒を暴飲した。ついには、完全に服を脱ぎ捨て暴れ出す。


「やい、おっさん。俺の話を聞いてくれ。領主のやつがみんなやっつけちまった。ナルヤのやつらをな。あんたらの知る今までの領主とは全然違うんだぜ。ナルヤの十武将? そんなやつは一発で倒したさ! クッハハハハ!」


 ヌードショーを始めたベンテ。彼の部下たちが駆け寄り、身を挺して止めに入った。ベンテのこうした行動がエイントリアンにあらゆる噂を広めた。


 大変なことになるところだったんだって?

 ナルヤのやつらがまた攻め込んできたんだろ?

 領主が1万人以上もの兵士を阻止したらしい。

 俺の息子が実際に戦うところを見たってよ。まさかあの領主がな……。

 俺は1万人じゃなくて5万人って聞いたぜ?

 5000人の兵力で5万人を?


 話を盛ったのは主にベンテだった。そのおかげで、領主の活躍はあっという間にエイントリアン中に広まっていった。

 遊び好きで家臣と一緒に民衆を苦しめることしかできないと思っていた領主が、敵の侵入を阻止してくれるような強い人物だったということが。

 ナルヤに負ければ都市や領地内の町をすべてナルヤ王国軍に略奪される。男は殺害、女は強姦。その悪循環をもう幾度となく経験してきた。

 たとえ悪徳領主で有名だろうと、敵の侵略を阻止したことが民衆の領主に対する好感度が高まるきっかけとなったのは確かだった。


 *


[武力:60]

[知力:??]

[指揮:??]


[所属:エイントリアンの領主]

[所属内の民心:40]


 俺はごく普通の人間だ。システムと特典を利用して武力を高めることはできても、体力はそうはいかない。一晩中戦ったせいで体力が尽きた俺は領主城に帰るなり、そのままベッドに倒れこんだ。気絶するように眠りにつき、目を覚ました時には一日が過ぎていた。

 そのように寝て起きると、どういうわけか民心が20から40に上昇していた。特に何かした覚えはない。いや、でも戦争には勝った。いくら悪徳領主という評判の悪さでも、敵軍の侵略を阻止すれば、多少なりとも好評を得られるということか? もっとも、敵軍に侵略されたら領民は死ぬか捕虜になるかだ。それを考えれば、民心が多少上がることもあるだろう。


 とにかく重要なのは、エイントリアンが陥落しなかったという事実。

 俺は生き残った。これからは、エルヒンとして未来を見据えて生きて行かなければならない。歴史が塗り替えられてナルヤ王国の今後の動向もわからなくなってしまった。

 果たして、歴史にあるようにナルヤ王国はルナン王国の北の国境から侵略を強行するだろうか?

 それは少し様子を見る必要があった。

 俺が起こした変化のもたらすバタフライ効果はすぐにはわからない。

 状況の確認がとれるまでは領地の内実を確かめながら待つ。ゲームの攻略、つまり世界征服を成し遂げられるような内実を。


「侍従長」

「はい、ご主人様」

「領地の財政状態と税率に関する資料を全部持ってきてくれないか?」

「財政に関する資料ですね?」

「ああ。少し勉強をしておかないとな。何をじっとしている。早く行かないか」


 俺をじっと見つめて動かない侍従長を促すと、


「はい! ただ今!」


 すぐに背を向けて消え去った。明らかに何か悩んでいる様子だったが、何だろうか? 気になった俺はやがて彼が資料を持って戻ってくるなり聞いた。


「侍従長、何か言いたいことでもあるのか?」

「いいえ。ございません」


 侍従長は資料を置くと侍従たちと共に頭を下げて去って行った。言うことがあれば今の俺の質問に少し迷いを見せてもおかしくないよな? 気のせいか?

 まあ、今それはどうでもいい。目を背けて領主城の税金帳簿などの資料を読み始めた。ひとまず、今はこれが先だ。

 悪徳領主エルヒンが腐らせた領地を正常な状態に戻すためには、現況をきちんと知る必要があった。

 不思議なことに日本語でもない文字がすらすらと読めた。おそらく、これもシステムの力だろう。


「まったく……。本当呆れるよ。さすが、これぞ本物の悪徳だな」


 帳簿を見ながら思わず首を横に振ってしまった。

 時代の背景は農耕時代。まさに農業が命の時代だ。そんな領地で農地から徴収する税金はなんと80%近かった。

 あまりにも酷すぎる。せめて領民たちが暮らしに困らないようにはするべきだろ。収穫した農作物の80%を取り上げているこの状況は普通ではない。

 ルナン王国の法令には、領地から徴収する税金は50%とある。そして、この徴収した50%のうち20%を国王に捧げるのだ。ところが、現在のエイントリアンは50%ではなく、各種名目を作って80%以上の税金を徴収していた。

 それを率先しているのは領地の税金徴収を担当する税金担当官だ。当然、家臣の一人。


 デン・ボルド子爵か。

 エルヒンと一緒に領民から収奪している第一義的な存在。真っ先に排除すべき家臣であることは確かだ。

 とりあえず、どんな人物なのか一度会ってみた方がいいだろう。


「侍従長」

「はい、ご主人様」


 俺は再び侍従長を呼んだ。侍従長に対して一つ疑問があるとすれば、最初は俺に怯えているように思えたが、そういうわけではなさそうであること。ただ徹底的に俺の機嫌取りをしているというか。まあ、仕事が早くて有能だから、そんなことは別に構わないが。


「ボルド子爵を呼んでくれるか? 聞きたいことがあるんだ」

「すぐに呼んでまいります」


 侍従長は相変わらず何の疑問も示さずに背を向けた。間もなくして、ボルド子爵が俺の書斎に到着した。俺が初めて目にしたボルド子爵は、ただの太ったおじさんだった。基本的な能力値もまあ酷い。


「お呼びでしょうか、閣下」


 このおやじが領民を苦しめている核心的な存在?

 それは、果たしてエルヒンの命令なのか、それともあの男がエルヒンを唆したのか、そこが重要だが。エルヒンだけが悪者なのか、ふたりとも悪者なのか、まあそんな話だ。


「戦闘で勝利されたそうですね。さすが領主は領民の福です!」


 ボルド子爵はいきなりへつらい始めた。さらに俺をおだて上げる。


「それに、領主が直接戦われるなんて! もう本当に……」


 俺は聞くに堪えられず、話を遮ってすぐに本題に入った。


「まあまあ。それより、税金のことだが」

「はい、閣下。税金が何か?」

「税金をもう少し上げないか? 首都でのロビー活動には何かとお金がかかるからな」

「それは……。しかし領主、これ以上は問題になるかと」


 へぇ。反対するのか?


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