第5話
*
やはり牢獄は殺伐としていた。
地下に造られていて、辛うじてろうそくの火で明かりが灯されている。長いこと監禁されたりなんかしたら、本当に精神病を患ってしまいそうなところだった。
「おいっ、放せ! 閣下! 閣下ぁぁぁああ! どうしてこんなことを! 閣下っっ!」
俺は、牢獄にぶち込まれて騒ぎ立てるゴードンを無視して前指揮官のもとへ向かった。軍の指揮官が監禁されるという事態に緊張が走ったのか、牢獄の看守長はロボットのような動きで俺を案内した。
「こ、こちらに……ハディン男爵が監禁されています!」
背筋を伸ばし姿勢を正して声を張る看守長。
「静かにしないか。わかったから、黙って牢獄の扉を開けてくれ」
俺のその言葉に看守長は慌てて両手で口を塞ぐ。そして、へいこらしながら牢獄の扉を開けて後ろに下がった。
牢獄の中に入ると、壁にもたれて座り込むひとりの男の姿が見えた。憔悴している。
「閣下……?」
すぐに[情報確認]を使った。
明日の戦いに命がかかっている俺は切実な思いで情報を確認した。
[メルヤ・ハディン]
[年齢:45歳]
[武力:60]
[知力:57]
[指揮:70]
[所属:現所属なし]
[所属内の民心:75]
へぇ。まあ、この程度なら悪くはない。バーク・ゴードンの能力値を見た後だからか、この能力値を見たら目が浄化されたような気がした。
兵士の平均武力は30から40ほどである。
60という武力はそれほど大した数値ではないが、衰退しきったエイントリアンに軍を指揮できるまともな人材がいるということだけでも少しほっとした。
このゲームでA級の能力値を持つ者は珍しい。S級ともなればかなり貴重だ。
それに、どのみち重要なのは指揮の数値。すぐに必要なのは烏合の衆と化した部隊を率いる指揮官なのだが、指揮が70ともなればそれは申し分なかった。
「閣下! こんなところまで、何かご用で……」
「ハディン男爵。君、戦争の経験は?」
俺は彼の言葉を遮った。今は俺につくよう説得などしている時間はない。だから、このまま領主の権限で任命した方が早い。この人材を完全に手に入れるのは明日の戦争で生き残ってからでも十分だ。
「戦争ですか? もちろんです。二十年前は規模の大小を問わず戦闘が頻発していましたし、私はその時も軍にいましたが……」
そうか。確かに、今の彼が45歳だから二十年前とはいえ当時は25歳だ。貴族であっても、下位貴族は軍で奉職する場合も多いため、ある意味当然なことではあった。
「よし、ハディン男爵。今から君をエイントリアン領地軍の指揮官に復帰させる!」
「え……? かかか、閣下! それは本当ですか?」
「君が復帰してまずやるべきことは、国境の警戒兵を除くエイントリアンの全兵力を城郭の南門前に召集することだ」
驚きのあまり思考が止まってしまったのか、目を瞬かせるだけのハディンにそう命令して、俺は牢獄から出てきた。
領主の命令は絶対だ。
身分制社会における身分の違いは絶対的。
俺は高位貴族の伯爵。
下剋上や反乱を起こしたところで、王国全域で犯罪者として追われる。
領主に抗命する存在はいないと言っても過言ではない時代というわけだ。
だから、その権限も悪名も最大限利用して生き残れるよう戦略を練る。
必ず生き残るために。
*
銅色の肌をした男が兵士を投げ倒す。
「さあ、次! 次だ!」
その男は次々に兵士を投げ倒していく。兵士たちの表情が歪む。
「隊長、もうやめましょうよ。誰もやらない訓練を何でいつも俺たちばかり……」
「なんだと? 無駄口をたたいていないでかかってきやがれ!」
十人隊長のベンテは人差し指をクイクイッと曲げて哀訴する兵士に合図した。彼の顔は笑っているが、目をつけられた兵士は今にも泣きだしそうな顔だ。すぐにベンテが兵士の首に腕を回して絞めつける。
「うっ、ううっ……。隊長、降参……降参です……」
「その言葉は口にするなと言ったはずだ」
「みんなのんびり休んでいるのに何でいつも俺たちは……。あっちでは賭場も開かれてるっていうのに……」
「ふざけるな。俺たちだけでも訓練はする。今は訓練時間だろ? 俺が間違ってるか?」
「それはそうですが……」
ベンテが問い詰めると兵士はまた泣き面を見せた。すると、ベンテはにやりと笑う。
仕方なく兵士たちはひとりずつベンテに立ち向かって行った。そして、投げ倒される。
ベンテの部下たちはみんな多かれ少なかれ彼に恩があった。それに、普段からベンテを実の兄のように慕っていることもあり、兵士たちは愚痴をこぼしながらも訓練に臨んだ。
「俺はな、賭場だの酒盛りだのそんなものはわからねぇ。兵士だから訓練をするだけだ。 領地を守る兵士ともなろう者が、毎日街に出ては貴族の命令という名目の下に同じ民衆の金を巻き上げて、とんでもねぇ話だろ? いいか、だから俺たちは訓練で思いっきり転がり倒して、夜は一杯やって! そうやって生きて行くんだ! それが人生ってもんだろ! おい、おめぇら! 人が話してるってのにどこ見てんだ!」
兵士たちは目を大きく開き、首を横に振りながら遠くを指さす。
「あれ、ガーネ副官では?」
「てめー、殴られてぇのか? そんな嘘には騙されねぇよ」
「本当なのに……」
ようやくベンテは兵士たちが指さす方を振り向いた。そこには、直属の上官となるガーネ副官がこっちに向かって歩いていた。ベンテが訓練方針などあらゆることに不満を抱いていることから、ふたりは最悪の仲だった。
おかげで今日もベンテの眉間にはおのずとしわが寄っていた。だが、無視はできないため、ベンテはつかつかと大股で歩き勢いよく副官の元に向かった。
「いつも外には出られない方が、何のご用で?」
「集合だ。お遊びはそこまでにして、すぐ移動するように」
今日はどんな因縁をつけようかと頭を働かせていたベンテの首が傾いた。
「何ですと? 訓練時間に訓練もさせずに集合だなんて。これだから、兵士たちは力不足でまともに戦えもしないんです。この間も……」
「黙れ。前指揮官のハディン男爵が復帰されて、領地の全兵力は南門前に集合するよう命令が下った。さっさと動け!」
いつも兵舎から出てこずに白肌を誇るガーネ副官がベンテの言葉を遮ってそう叫んだ。
ベンテは兵士たちに視線を戻す。
「どういうことだ? 前指揮官? 何か知ってるやつはいるか?」
目をつけられた兵士は互いに顔を見つめ合うだけだった。
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