第12話 Only to you(12)
「・・社長が?」
志藤は家に帰って初めて、妻のゆうこにそのことを告げた。
「うん、」
ネクタイを緩めながら小さく頷く。
彼女は北都に入社してすぐに北都社長の秘書を4年ほど務めた。
とにかく社長を尊敬し、敬愛し。
結婚してひなたが生まれた後も、仕事をすることを望んだ。
そして、ななみを妊娠した時に、経過がよくなく
志藤は彼女に仕事を辞めるように勧めた。
最初はそれも嫌がって、いうことのきかない身体にジレンマを感じながらも
悩んで、悩んで
退職を決めた。
とにかく感情移入が激しくて、ナイーブな彼女に昼間、電話だけでこの事実を告げたら
大変なことになってしまうんじゃないか、と言えなかった。
ゆうこは志藤の鞄を抱えながら、固まってしまった。
「ゆうこ、」
「・・命には・・別状がないんですか、」
志藤が話したことを繰り返す。
「うん。 なんとか。 だけど・・まだ意識不明の状態で。 ICUに入ってて奥さんも付き添いがでけへん状態や。」
言えば言うほど彼女がどんどん不安になっていくことがわかった。
そんな彼女の気持ちがものすごく伝わってきて、
「大変やろけど。 だけど、みんなでジュニアを盛り立てて頑張ろうって思ってるから。」
頭をそっと撫でた。
「・・社長が、」
ゆうこは色んなことを思い出し、やっぱり泣いてしまった。
「だから。 そのためにおれはここに来たって思ってるから、」
志藤はそっと彼女の頭に手をやった。
そう
北都フィルを立ち上げるためだけじゃなく
自分はいつかジュニアが北都の頂点に立つときが来たときのために呼ばれたことはわかってた。
明日にはもう
北都社長が倒れたことが業界にも噂が広まるだろう。
たくさん
いろんなことが起こる。
志藤は自分もしっかりしなければ、と思いながらも
不安が心を渦巻いた。
想像したとおり
翌日にはもう北都が倒れたことについての対応に追われた。
「はい、はい。 ええ、今のところは専務が代行していくことになりましたので。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」
高宮はもう朝から何度同じ応対を電話でしたかわからなかった。
受話器を置いたあと、大きなため息をついて首をぐるっと回した。
「・・隆ちゃん、」
夏希がそっと秘書課に顔を出した。
「ん? あー、昨日ごめん・・」
「・・あのね。 これ。 着替えとか。 朝は食べたの? サンドイッチも作ってきたんだよ、」
夏希は紙袋を手渡した。
「え? ・・ああ、ありがと、」
ニッコリ笑ってそれを受け取った。
「・・大丈夫?」
もうそう聞くのもイヤだったけど、やっぱりそういう風にしか言えない自分が
夏希は少し情けなかった。
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