最強勇者と妖精王
* * *
凱旋式をボイコットした勇者は、深く靴跡を刻みながら鮮やかな緑の森を歩いていた。
腰に穿いた大剣が歩く度にガチャガチャと重い音を立てる。
それは梢がさざめくように歌う穏やかな森に異質に響く。
「ゆーしゃだ」
「ゆーしゃがきたんだ」
と、勇者の足元をいつの間にやら現れた小さな3つ、4つの影が並走した。
下級の妖精たちだ。
勇者の膝丈程度の大きさの彼らは、蜘蛛の糸で織られたような薄く透明な4つの羽を背負い、みんな同じ顔、同じ声、同じ格好をしている。違うのは身に付ける服や帽子の色合いだけだ。
「あそぶ?」
「おすすめは、いしひろいなんだ?」
彼らはきゃらきゃらと笑い声を上げて勇者の逞しい足にまとわり付き、転び、ポンッと音を立てて消えた。かと思えば、またどこからか現れて、勇者の鍛え抜かれた腕にしがみついたり、彼の広い背中によじ登ったりする。
それは先ほどの妖精かもしれないし、全く別の妖精かもしれない。
「悪いな。今日は遊びに来たんじゃないんだよ」
勇者は妖精たちを蹴り飛ばさないように気を遣いつつ、しかし慣れた様子で進み続ける。
やがて目的地である広場が見えてくると、彼はその少し手前で足を止めた。
広場には拳大の光輝く石が山と転がり、差し込む日の光を照り返している。それを転がしたり、蹴ったり投げたりして下級妖精たちが遊んでいる。
そんな賑やかな場の中心に、線の細い人影が座っていた。
草の上に流れる、長く美しい髪は紫がかった銀色で、光加減で深い青にも淡い桃色にも照り輝く、不思議な色合いをしている。
彼は鳥が卵を温めるように、両手で光を孕む石を撫でていた。
勇者はその男に声を掛けようとして、唇を無意味に開閉させる。胸元に手を当てて、深呼吸を繰り返せば、心臓の鼓動が速度を上げていく。
と、その不思議な髪色の男の手の内で淡く光が弾け、石が妖精に姿を変えた。
それと同時に、小鳥たちが一斉に羽ばたいて森を震わせる。
不思議な髪色の男は、手の中で目を擦る妖精をそっと付近で遊ぶ仲間たちに送り出してから顔を上げ、勇者を見た。
「どうしてお前がここにいる?」
透き通る声で問いかけた彼は、この世ならざる美しさを湛えていた。さながら月の光を集めて、その上澄みをすくいあげたような……
スッと通った鼻筋、透き通るような白い肌、ほんのりと赤い、小さく薄い唇。
影を落とす長い睫に縁取られた切れ長の目には、髪と同じ淡い虹色の瞳がはまっている。
「今日、人の世では大切な祝いの儀式があると聞いていたが」
「あんたにどうしても伝えたいことがあってさ」
勇者は鼻の頭をこすってから、はにかんだ。
「私に……?」
「イーシャ」と、愛おしげにその人物の名を呼ぶと、勇者はゆっくりと彼に歩み寄った。
イーシャ――妖精王・イーシャ。
森羅万象の源であり、最も神に近い存在である。
勇者は彼の前で、恭しく膝を折った。
不思議そうに小首を傾げるイーシャを見つめて、言葉を探す。
思い起こされるのは、彼と過ごした戦いと冒険の日々だ。
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