第27話
「阿久津君はほんと面白いこと考えるよね」
近藤君は映像水晶越しにホテル業を始めた僕にそんな言葉を送る。
「そうかな?」
「だって建前が世のため人の為とか言って、やってる事が魔王様が引く程の悪虐非道じゃん。まだ僕の所業の方が優しく感じるよ。ねぇ、アンリ?」
近藤君は掻っ捌いた腹部からこぼれ落ちた臓腑に指を絡めてなお、表情を変えぬ従者に尋ねる。肉体欠損など、日常茶飯事なのだろうが、それを眼前で見せられる僕の気持ちにもなれ。
肉体がスライムだから、吐き出しこそしないが、気分は悪くなるんだぞ?
「カーリーはこんな大人になっちゃダメだぞー?」
「大輝悪いやつ?」
「いい奴じゃないね」
「カーリー覚えた」
「よしよし、カーリーは賢いなぁ」
神田さんの子供のカーリー(既に命名されてた)の頭を撫で上げながら、すぐ横で人体解体ショーを始めた従属幹部に生暖かい視線を送る。
ちなみにこの子、生まれてから一年も経ってないのにこれほどの言語を操り、学習能力もメキメキつけている。
彼女の中では近藤君は取るに足らない小物の位置付けで成立していた。まぁ、親がなんだかんだ専任四天王と言うのもあるが、単純に趣味で他者をいたぶるだけの彼は小物の域を出ないのもあるか。
「よーし、じゃあ今日は人間がどういう生き物かお勉強していくよ。特に綺麗事ばかり抜かしてる奴ほど内側は欲望の塊だって事例だ。よーく見てるんだよ?」
「キャッキャッ」
「その子の阿久津君への懐き具合凄いな」
「そうなの?」
「僕が声かけても無視するよ。やっぱり一度全部バラしてどっちが上かハッキリさせた方がいいんじゃ?」
怖いことを言い出す近藤君に、それに果敢に立ち向かうカーリー。僕はそんな睨み合いに発展した身内に「戦争になるからやめろ!」と一喝した。
魔王軍同士でいがみ合ってなんになるっていうんだ。
「そうやって君は全方位からヘイトとって、僕の心労はマッハで病んでいくんだぞ? もう少し頭で考えてから行動してよ」
「えー、阿久津君、全く堪えてなさそうに見えるのにー」
「君の目は節穴か」
サイコパスの彼は人間性が欠如してるらしく、こんな会話は日常茶飯事なのである。
ちなみにだが、彼の言ってる通り、僕は別になんとも思ってない。神田さんと繋がってるカーリーに、無能な部下に困る上司の図を植え付ける作戦である。
言うほど近藤君は無能ではない。
ただモチベーションの上がり方が人とは違ってスロータイプなだけである。
◇◇◇
私は勇者時代の格好を高いDpで変換して王都へ舞い戻っていた。
王宮に帰るとみんなに心配されながらよく帰ってきてくれたと涙ながらに歓待された。
美剣君も「よくぞ耐えた」と褒めてくれたっけ。
攻略難易度の高い彼とはすぐに分かれて、同じくらいのレベルで燻っている子にアプローチをかける事にした。
「岬ちゃん!」
「恵ちゃん、行方不明って聞いて心配してたんだよ?」
「ごめんなさい。ちょっと気になることがあって、ずっとそれに張り付いてたら凄い時間かかっちゃって」
「気になること?」
「うん、実は……」
「ミサキ様、国王陛下がお呼びです。至急参集されたし、との事です」
「ごめんね、恵ちゃん。私お呼ばれしちゃった」
「しょうがないよ。そのための王国12使徒だし。遠征頑張って!」
「はい、春日井岬、行ってまいります!」
岬ちゃんは勇者に抜擢されてなかったら、普通に学校を卒業して、普通に優しい旦那さんとそのまま結婚して温かい家庭を築いていけるような女の子だった。そんな彼女が無理をして、勇者の一団として剣を振るい民を守る盾となっている。
私はそんな彼女を救ってあげたかった。
彼女の自室に彼女が愛読していた新刊小説を置いて、自室に戻る。帰ってきた時の返事が楽しみだ。彼女はきっとその場所から離れられなくなる。そんな確信を抱いてる私がいた。
だって彼女は場所が場所ならそんなに目立たない子だったもん。
私と同じで時代の本流に押し流されて、勇者とか言うよくわからない職業につかされて、人々の前に出るような子ではなかった。
これは正義だ。例え最終的に国を裏切るとしても、彼女は救われる。だから私は魔王軍の使者ではなく、日本人の心を守るための使者として行動した。
残りDPは500。自分の生活を守るためにも、一人でも多くあの子達をダンジョンに連れ込まなきゃ。
焦燥感に駆られながら、私はそれでも重い足取りを前に進めた。
◇◇
「ただいま、みんな」
「恵ちゃん!」
「高橋さん、心配したんだよ?」
「ごめんなさい、敵の罠にハマって凄い時間かかったけど、なんとか抜け出してきたわ」
「恵はおっちょこちょいだからなー」
「でも抜け出せたんだよね。おかえりなさい」
「うん、ただいま」
本当は抜け出せてないのだけど、それは黙っておいた。
私を迎え入れてくれたクラスメイトは5人。
たったの5人だ。悪役職業についた戟坂さんに多くのクラスメイトが操られ、彼女の側についた。
それでも私は慣れない剣を構え、ギリギリ首の皮一枚繋がった勝利を得た。
戟坂さんが消滅したら、操られていたクラスメイトたちも消滅した。故に操られなかった生徒のみが生き残り扱いになった。
私がもっと早く事態に気付いていれば、こんなことにならなかったのに。どうして私なんかが勇者なんかに選ばれてしまったのか。
「それでね、敵のダンジョンの一部を鹵獲したの。もうモンスターは出てこないことは確認してる」
「なんの話をしてるの?」
「実はそのダンジョンね、日本のサブカルチャーや食事が体験できるのよ。それの攻略に散々手間取ってたってわけ」
「あー、それ僕たちに一番利く奴だ」
「やはり敵も日本人なのか?」
「分からないわ。けれどそうだと思った方がいいのは確かよ。誰か少年誌の50号読む人いる?」
「え? それって何年の?」
「もちろん2021年のだけど。全部の雑誌は持ってこれなかったけど、有名どころは持ってこれたわ」
そこにはあの時から見られなかった雑誌の最新話が溢れていた。
一度は諦めた世界への帰還。それがこうも身近に存在している。
自分達の勇者がどのように攻略に手間取っていたかなど手にとるようにわかるクラスメイト達。
故に先程の言葉が妙に頭から離れない。
ーー鹵獲。敵のものを奪った時に使われる言葉だ。
「な、なあその場所って俺らもいけるの?」
「いけるけど、多くの機能が停止してしまったわ。機能を復活させるのには仮想通貨のDpが補われないと無理ね。でも、コンビニエンスストア程度なら私でも動かせるし、くる?」
「行く!」
「あ、でも外出許可」
柳葉君が自分達が軟禁されている現実を思い出す。
たとえ勇者といえど国の許可なく外出などできない。
それが同伴者のクラスメイトともなればなおさらだ。
「実はこんなものを持っているの」
私はこれ見よがしにゲートキーを取り出す。
まるでこれがクリア報酬とでも言わんばかりに掲げて見せびらかす。
「それは?」
「これは直接ダンジョンにアクセスするためのゲートキーよ。クリアされたダンジョンは外側から隔絶されてしまうの。今は私がそのダンジョンの支配権を持ってる形ね」
「「「「「おおーー」」」」」
クラスメイトの歓喜が綺麗にハモった。
全員が顔を見合わせ、そして決意を固くした。
「じゃあこっち。基本的には仮想通貨のDpを消費するから長くはいられないけど、今日は心配させた分思いっきり楽しんでね」
「行ってきます!」
私はホテルのエントランスからクラスメイト達を見送り、そして加算された総額Dpの値を見て微笑んだ。
500まで減少したDpが一気に3000まで回復したのだ。
五人まで減ったとはいえ、逆に考えれば五人とも高いレベル水準だとも言える。
この調子で宿泊回数を上げて行って貰えば、高級レストランでのディナーも夢じゃない。
クラスメイトには安い夢を提供し、自分だけ高い夢を叶えるのに気も引けるが、逆に考えればこれこそが自分に与えられた特権である。
今まで勇者なんてクソッタレな環境に従じていた自分へのご褒美だと思えば仕方のないことだと割り切れた。
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