第7話

 肝川雄二がいつまで経っても戻らない事を、岸峰綾香は一人心配していた。


「肝川君、食事の時間なのに来ないね。いつもだったら真っ先に来るのに」


 それというのも食いしん坊の肝川は、あれこれ理由をつけて調理組の岸峰の元に足繁く通っていたからだ。


「放っておきなさいよ。どうせ阿久津と一緒の無能よ」

「そうれはそうだけど」


 同じ調理組の氷川祐希に嗜められ、すぐに岸峰は肝川のことを思考から追い払った。


 今まで誰一人欠けることなくやれてこれたのに、輪を乱す阿久津も肝川も岸峰にとっては我慢のならない存在だった。


 岸峰は最初こそここまで傲慢な少女ではなかった。

 しかしこんな劣悪な環境に放り込まれ、吊橋効果で頼りになる星屑に憧れを抱き、そのまま頂かれてしまった少女である。


 奉仕活動中も、ずっと悪様に阿久津という人間がどれだけ傲慢かという星屑の弁に従っていくうちに、次第にその性格も歪められ、影口を叩くような人間になってしまったのだ。


 クラスの女子達は全員が星屑と深い中になって居る為、仲が非常に良くなった。


 ただし奉仕活動は順番制で、その時ばかりは仲が悪くなるが、それでも同じ人を愛した結果だと思えば受け入れられた。


 そんな星屑のハーレムメンバーの岸峰も当然のように身篭っていた。

 本当なら学校を休んで病院にかからなければいけないが、そんなこと言ってられる場合ではない。

 自分のできる事をしつつも愛する星屑のそばにいたいと他ならぬ岸峰がそう思っていたのである。


 そしてここに来て阿久津が消えた。

 それはとても許せないものだった。


 メンバーの総意で要望を出した分娩室もまだできていないのに逃げ出したのだ。

 つくづく自分勝手なやつだと岸峰の歪んだ正義感が爆発している。


「でも阿久津君、せめて消えるなら分娩室ぐらい作って来れてもいいと思わない?」

「それね。Dpが足りないとか言ってたけど、絶対嘘よ」

「そもそもDpってなんなの?」

「このダンジョンに人間を置いていくだけで溜まっていく利子みたいなものでしょ? 星屑様がいてくれた方が稼げるとか言ってるけど生意気よね。何様だって話よ!」

「ふーん、無能にお似合いの能力ね。さっさと見つけ出して分娩室も作って貰わないと、おちおち食事もしていられないわ」

「そうね。でもあんまりイライラは持ち越しちゃダメよ? 今日は当番の日でしょ?」

「うん、そうなの。だからこそ言ってみるわ」

「あまり行為中にその話するのはやめた方がいいわよ?」

「でも許せないじゃない! クラスメイト同士で頑張ってるのに自分の事ばっかり気にしてさ!」


 どちらが自分勝手なことを言い出して居るのかなんて岸峰には判別できない。


 既に思考は星屑が中心にあり、ハーレムメンバーである自分は守られるべきであるという基準が出来上がってしまっている。

 それ以外の男は労働力で、仕事をしない奴は総じてクズなのだ。


 そういう意味で自分の仕事を全うしない阿久津を忌み嫌うハーレムメンバーは多い。

 星屑がそう仕向けたというのもあるが、本人が心より思っているのである。



「肝川まだ帰ってこないんだ?」

「そう、みたい」


 ギシギシと揺れる簡易ベットの上で、岸峰と星屑の肉体が絡み合う。

 星屑は少し考え事をしているようだったが、やがて激しい動きで岸峰を蹂躙し出した。

 声にならない声をあげて、岸峰は意識を散らす。


 すぐに果ててしまう岸峰は星屑にとっては物足りない相手だった。

 そのあともハーレムを呼んで行為を楽しむが、一度寝てしまった岸峰は、その間一切起きることはなかった。


 料理がうまいからそばに置いてやっているが、調理できる女子は二人いる。岸峰に氷川だ。

 切るならどちらか?


 もう一人の氷川は星屑のお気に入り。

 ならばどちらに決断を下すかは明白だった。



 ◇◇◇



 翌日、星屑に呼び出された岸峰は表情を顰めた。


 昨日は随分と激しく求められたことから、愛されていると実感していた岸峰だったが、どうも様子がおかしいことに気がついた。

 それが、


「え、私が肝川君を探しにですか?」


 星屑は仰々しく頷き、ことの説明をする。


「実は昨日行方不明になった肝川にはとあるミッションを与えていてね。だが未だ連絡がつかない状況は流石に看過できない。そこで綾香に様子を見てきてもらいたいと思ったんだ」


 君、どうせ俺たちが獲物持ってくるまで暇だろ?

 そんな言葉を添えられては否定することも出来ない。


 だがハーレムメンバーであるという自尊心の強さで岸峰は「なんで自分がそんな事をしなくてはいかないのか?」と言う気持ちでいっぱいになる。


「ダメかな? 午前中だけでもいいんだ。見つけられなくても責めたりしないよ。みんな不安なんだ。分かるだろう?」


 抱き止められ、唇を奪われた。

 奉仕の登板日ではないと言うのにこのように求められては仕方がない。

 調理の腕だけでなく、すっかりハートまで掴んでしまったのかと岸峰は渋々と頷き、了承した。


「ごめん、本当は綾香にこんな危険な真似させたくないんだ。けど……」

「それ以上は言わなくていいです。星屑君は私だけじゃなく、もっと他の子の心配もしてください。お父さんになるんですからね?」


 お腹を大きく撫で上げる岸峰を見下ろし、そうだなと微笑む星屑は軽薄そうな笑みを浮かべた。



 そして岸峰はその日を境に星屑の前に現れることはなかった。

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