③ノエとの再会

 ○月△日


 オースター国にて。

 暖かい風が頬を撫でます。この国を訪れるのは、本日で三度目。かつて私が暮らしていた場所です。

 今日は、私の弟のノエと会う約束をしていました。

 ノエと再会してから、私は何度か手紙のやり取りをしていました。今回、たまたまこのオースター国の近くを通りかかったので、寄ることにしたのです。

 ブラッド様にはお金を少し渡し、どこかで時間を潰してもらうように頼み、私はノエが働いているレストランへと向かいました。


「ノエ」


 と、私は声をかけました。私よりも背が高い。本当に大きくなりましたね。


「お姉ちゃん!」


 ノエは嬉しそうに私の方は駆け寄ってきました。私と同じ金色の髪は、少しくせっ毛です。

 私はノエの頭を撫でました。


「元気にしていましたか?」


「うん! お姉ちゃんも元気そうで良かった。 もうすぐで仕事の時間が終わるから、ちょっと待っててね」


 私は一旦外に出て、ノエの仕事が終わるのを待っていました。今日の仕事は午前中のみなのだそうです。

 しばらくして、ノエは大きな箱を持って出てきました。


「なんですか? その荷物は」


「えへへー。久しぶりにお姉ちゃんに会うって言ったら、店長が余り物の食料をくれたんだ。お昼ご飯まだだよね? 僕の家で一緒に食べよう」


 それはいいですね。レストランで働くノエの料理、ぜひ食べてみたいものです。


 私たちは、ノエの家に向かいました。街のはずれにある、小さな家でした。


「ちょっとボロくて小さいけれど、僕一人暮らすには十分だよ。さあ、入って」


 ノエはここで一人で暮らしているのですか。本来ならば、私とノエは、ずっと一緒に暮らすことができるはずでした。だけど、運命は残酷で、私たちを引き離してしまいました。

 もう、元には戻れません。あの頃の姉弟には戻れないのです。

 私とノエを引き剥がした世界を、どれだけ恨んだことでしょう。でも、それが無ければ、私はジョゼフ様やブラッド様に出会うことはありませんでしたし、広い世界を知ることもなかったでしょう。


「そういえば、今日はお姉ちゃんのご主人様はいないの?」


「ブラッド様ですか? 彼には、その辺で時間を潰して貰っています」

 

「見てなくて大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。ブラッド様は大人ですから」


 と言いつつも、心配なんですけどね。何かやらかしていないといいのですが。

 でも、今日はノエと会える大切な日。ブラッド様は少々邪魔……なんて思ってないですよ。私とノエか話に夢中になってしまうと、ブラッド様は退屈してしまいます。

 そう、メイドの優しさなのです。別に、ご主人様を邪魔者扱いしているわけではありません。


「じゃあ、お姉ちゃん何食べたい? 僕がもてなしてあげるよ」


「ノエが作ってくれたものなら、なんでも嬉しいですよ」


 ノエは、カニのトマトクリームパスタを作ってくれました。さすが、レストランで働いているだけありますね。味も見た目も最高です。

 私は普段、もてなす側なので、こんな風にもてなして貰えるのは、なんだか嬉しいです。


 私たちはノエの作った昼食を食べながら、色々な話をしました。


「お姉ちゃんは、ご主人様と一緒に旅をしているんだよね?」


「はい、そうですよ」


「いいなぁ。ねえ、どんな所へ行ったの? 世界には、色々な国があるんでしょ? 聞かせてよ!」


 ノエは興味津々に尋ねてきます。私の弟、可愛すぎるのですが、どうしましょう。お小遣いたくさんあげたい。ギューってしたい。

 ……ダメですダメです。私は冷静で頼れるお姉ちゃんです。理性を失ってはなりません。


「いいですよ。聞かせてあげましょう」


 私は、いつか訪れた、魔の森、そしてその先にある平和で賑やかな国の話をしました。


「……魔の森には、モフモフした耳の長い生き物が住んでいて、これがまた可愛いんですよ。猫よりも可愛いと思った生き物は初めてです。ああ、モフモフしたい……顔を埋めたい……」


 おっと、欲望が。どうもノエといると、気が緩んでしまいます。

 私は咳払いをして、話を続けました。


「その後は、そのモフモフの生き物のご主人様である可愛らしい女の子に、その先の国まで連れて行ってもらいました。その時、転移魔法というものを初めて体験しましてね。凄いんですよ。本当に一瞬なんです」


「凄いね! 僕、今までに魔法なんて見たことないよ!」


 ノエは目を輝かせます。


「それで、その国は、魔族と人間が仲良く暮らしている、素晴らしい国だったんです。国の人々も、素敵な方ばかりでした。その日はちょうどお祭りがあっていましてね。凄く賑やかで、楽しかったですよ」


 あの国では様々な体験ができて、良かったです。

 ちなみに、お祭りでの劇の演出で、ブラッド様が死んだと勘違いして、泣いてなんていませんよ。あれは汗です。そう、汗なのです。



 その後も私たちは話し込み、気がつけばすっかり日が暮れていました。


「お姉ちゃん、泊まっていきなよ。ちょっと狭いけど」


「いいのですか?」


「もちろんだよ!」


 私はお言葉に甘えて、ノエの家に泊まることにしました。

 夜ご飯を食べ、お風呂に入り、歯を磨いて、布団を二つ並べます。ランプを消し、私たちはそれぞれの布団に入りました。

 なんだか懐かしく感じました。あの頃は、こんな布団なんてありませんでしたから、ノエと肩を寄せ合いながら眠っていました。


「ノエは今、幸せですか?」


 私は尋ねました。


「幸せだよ。とっても」


「それなら良かった」


 ノエが幸せなら、それでいい。私はノエに干渉すべきではありません。彼には彼の生活があるのですから。

 それでも、私はずっと、ノエのことを愛していますよ。あなたは私の、たった一人の、血の繋がった家族ですから。

 私はゆっくりと目を閉じました。



 あれ、何か忘れているような……


 まあいいかと思い、私は眠りにつきました。


 ブラッド様が私を探し回っている声など、この時の私の耳には届いていませんでした。


  

 


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