第18話 

「吸血鬼と人間が結婚することは許されない。それがこの国の掟だ。なぜだか分かるかい?」


 父さんは僕に問いかけた。僕は首を振る。


「吸血鬼と人間の間には、ダンピールが生まれる。そのダンピールは、吸血鬼を殺す能力があるんだ」


「吸血鬼を殺す……? どうやって? 心臓に杭を打たれるの?」


「それもある。しかしそれは、ダンピールではなくても可能だよ。吸血鬼の唯一の急所だからね。ダンピールはもっと厄介だ。彼らには不思議な能力があってね、彼らに傷つけられれば、その傷はずっと消えないんだ。だから、私たちは惨めにも殺られてしまうんだよ」


 だから、吸血鬼と人間が結婚してはならないのか。その間に生まれた子は、吸血鬼の天敵となってしまう。それは、吸血鬼たちにとって、命を脅かされる大変なことである。


「ダンピール、またの名を、吸血鬼ハンターと言うんだ」


 そう言うと、父さんは周りに吸血鬼がいないのを確認して、一度吸血鬼の姿に戻った。

 父さんは袖をまくる。ちょうど二の腕のところに、痛々しい傷痕があった。


「痛みはもうないよ」


「ダンピールにやられたの?」


「ああ、そうだよ。ダンピールにナイフでシュッとね。そしてそのダンピールが……」


 父さんは宙を愛おしそうに見つめて言った。


「カーミラだったんだ……私は彼女を愛してしまった」


 父さんは指を鳴らし、人間の姿に変わった。

 

「彼女はとても美しくてね。一目惚れだったよ」


 恋する青年のような眼差しを、父さんはここにはいない彼女に向けた。

 

「彼女との出会いは最悪だったよ。なぜなら彼女は、吸血鬼ハンターだからね。私を狩ろうとしていたんだ」


「それなのに、どうやって父さんは、母さんと結婚したの?」


「そりゃあもう、アタックしまくったのさ。最初は嫌われていたけれど、一度彼女の命を救ってね。それからは私への敵対心はなくなって……」


 なんだか、ロマンチックだ。


「私は彼女に、永遠の愛を誓ったよ。でもね、ダンピールの寿命は、人間と同じなんだ……」


 ……だから母さんは、死んでしまったのか。


「彼女は病気になってしまってね。ブラッドを産んだ後、すぐに……ね。本当に、人が亡くなるところを見るのは、何度見ても辛いよ」


 そうだったのか。僕の目から、自然と涙が溢れてくる。母さんの記憶はほとんどない。だけど、こうやって話を聞いていると、やっぱり会いたいなと思ってしまう。

 愛した人を失った父さんは、誰よりも命を大切に思っている。そして、数々の旅の中で、きっと人の死にもたくさん出会ってきたのだろう。だからあんなに、父さんは人を殺してはいけないと僕に言っていたのか。

 

「カーミラは、あなたの成長を見たがっていた。私はそれを叶えてあげたかった。でも、できなかった」


 父さんは僕の頭を撫でる。


「私の血を与えれば、母さんは吸血鬼となり、死なずにすんだんだよ」


 吸血鬼は、血を人間に与えることで、その人間は吸血鬼となる。残念ながら、僕にはその能力がない。ずっと疑問に思っていたが、それは僕に人間の血が混ざっていたからなのだと納得した。僕には吸血鬼としての能力が、少し欠けているようだ。


「でも父さんは、それをしなかった。なぜなの?」


「ブラッドも、いつか分かるようになるさ。本当に愛した人を、吸血鬼にはできない。したくないんだ。永遠は、残酷だからね。死にたくても簡単には死ねない。そんな苦しみを味合わせたくはなかったんだ。だから私は、ただ衰えていく彼女を見ることしかできなかった……」

 

 僕には、ずっと一緒にいられるなら相手を吸血鬼にしたって構わないなどという浅はかな考えしかできなかった。それはまだ、僕が恋をしたことがないからなのだろうか? それとも、子どもすぎるのかな?


「吸血鬼は、どこまでも孤独な生き物だ。死刑ではない限り、自ら死を選ばなければならないからね。そして、死ぬ時にはこれまでにない苦痛を味わうことになる」


 父さんは、ずっと先のことまで考えて、この選択をしたのか。


「私はカーミラを愛していたよ。世界で一番、この命に変えてまで守りたいと思えた、初めての女性なんだ」


 父さんをここまで虜にした母さん。会いたい。会いたくて仕方がない。でもそれは、絶対に叶わないことだ。そう思うと、胸が苦しかった。


「母さんに、会いたいな……」


「私もだよ、ブラッド」


 母さんは、遠い空の上にいるのかな。僕たちのこと、見ていてくれているのかな。

 少し感傷に浸ったあと、父さんが口を開いた。


「人間と一緒になるということは、家も、仲間も、今まで積み上げてきたものも、全部捨てるということなんだ」


 そうか。人間と結婚して、子どもを産むということは、吸血鬼の敵を生み出すことだ。


「人間に恋をしてしまえば、もう後には戻れない。それは、死刑に値する。だから、そういう人たちは、全てを捨てて国から逃げ、どこかでひっそりと暮らすんだ」


「じゃあ、ダンピールと結婚するのは、どうだったの?」


 人間との結婚が死刑に値するのならば、ダンピールと結婚した父さんはどうなのだろうか。


「もちろん、ダンピールも同様だよ。ダンピールに関わること自体、吸血鬼はいいことだと思わないからね。最初は隠れて国を離れるつもりだったけど、なぜかバレてしまってね。死刑になりそうになった。でも、何とか逃げることができたんだ。クルトたちのおかげでね。それからは、ここから遠く離れたエアスト国の森の奥に館を建てて、ひっそりと暮らしたんだ」


 あのクルトという吸血鬼は、父さんの命の恩人なのか。

 それにしても、父さんはこの国戻って来て大丈夫なのかな。死刑になりそうになったんでしょ?


「カーミラはもう死んでしまったからね。それに、もう時効だから。でも、私が戻って来たことを、みんなは良く思わないだろう。だからこうやって、変装しているんだよ」


 そういうことだったのか。だから父さんは、この国に居場所がないと言っていたのか。


「これが、私の犯した罪の全てだよ。ずっと黙っていてすまない。もっと早く言うべきだったとは分かっているよ。でも、この事実を知ったら、ブラッドはどう思うか、すごく怖かった。私のせいで、カーミラにも、あなたにも、辛い思いをさせた。そして私は、逃げるように旅に出た。現実から目を背けるために。私は最低なんだよ。大事なものを全部放っておいて、自分だけ好き勝手に旅をして……私を恨むかい? 母さんを見殺しにして、あなたから逃げ続けた私を……」


 父さんの目には、後悔の念が浮かんでいる。でも、父さんも十分辛い思いをしてきたじゃないか。恋をすることは、悪いことではない。好きな人と一緒になりたいと思うのは、普通のことだ。

 僕は別に怒ってはいない。母さんが、吸血鬼の敵であるダンピールだったって構わない。僕を産んでくれたのは母さんだから。僕はその事で、傷ついたりはしない。

 ただ、もう少し早く言って欲しかった。一人で抱え込まないで欲しかった。僕のそばに、もっといて欲しかった。


「父さん……」


 僕は父さんに抱きついた。父さんの体に顔を埋める。


「僕はずっと寂しかった。父さんに会いたかった。僕に隠し事をしていたことは、別に怒っていないよ。でも、僕を一人ぼっちにしたことは許さないから」


「ブラッド……」


「もちろん、ソフィアやアルバートがいたから、不自由はなかったし、楽しかったよ。だけど、いつも何かが足りないなって思ってたんだ。それは家族と過ごす時間だって分かった。父さんは、僕のことを置いて、いつも一人で旅に出て、楽しんでいて、ずるいと思ってた。でも、父さんは辛い現実から目を背けるために旅をしていたんだって知ったら、なんだか複雑な気持ちになったんだ。それと同時に、どうして僕を頼ってくれなかったんだろうって思った」


 僕は父さんをぎゅっと掴んだ。


「僕だって、母さんがいなくて悲しかったんだ。僕が吸血鬼とダンピールの息子だから何? そんなんで、嫌いになると思う? 僕は、何があっても父さんと母さんが大好きだよ」


 僕が想いを伝えた。


「ごめん、ごめんね、ブラッド……」


 父さんは僕を抱きしめ返した。そして何度も謝る。


「もう、謝らないでよ……父さん……」


 上から水滴が落ちてきた。僕はそっと父さんの顔を見る。吸血鬼の姿に戻っていた。術が解けてしまっているようだ。

 父さんは泣いていた。初めて見る父さんの泣き顔だ。


「……あなたに話して良かった。ありがとう」

 

 父さんは僕の頭をクシャクシャと撫でた。今は、整えたオールバックが崩れても、全く気にならなかった。

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