第156話 芸能人なりすまし詐欺

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



「これが私が独自に開発した対話型AI『偉人チャットくん』なのですよ。新しいコンピュータを買うために小金稼ぎをしようと思いまして」

「へえー、これで歴史人物と会話できちゃったりするの?」


 ある日の放課後、同じクラスの柔道部員である国靖くにやすまひるさんの実家に呼ばれた私は彼女が独力で開発したという対話型AIの試用版を見せられていた。


「芸能人なりすまし詐欺といって、少し前に有名歌手やジョニーズ事務所のアイドルと個人的に会話できるという触れ込みで利用者からお金を騙し取る詐欺が問題となったのですがこのAIはその事件を参考にしています。芸能人なりすまし詐欺は芸能人になりすました詐欺師サクラがチャット1回につき数百円を騙し取る手口でしたが、このAIは偉人のふりをして話すAIであると最初から分かりきっていますし1か月の利用料もたった200円にしています。その上に無料でも1日5回までは偉人AIと会話できるのですよ」

「なるほど、ものすごく良心的だし暇な時とかに楽しめそう。私も誰か偉人と話してみていい? ちょっとマイナーだけど戦国武将の高山たかやま右近うこんとかどうかな?」

「大丈夫ですよ、このAIは歴史文書などのビッグデータを自動的に解析していますからある程度有名であれば誰とでも会話できます。では何か話しかけてみてください」


 私は戦国武将ではキリシタン大名として有名な高山右近が好きなので、国靖さんに確認を取った上で彼女のパソコンを借りてメッセージを打ち込んでみた。



 野掘真奈

>高山右近さんこんにちは。私はテニス部員なのですが、テニスの試合で活躍するためにはどうすればいいですか?


 高山右近(β版)

>拙者はテニスという競技のことはよく知らないでコンが、最も大事なのは死を恐れない心でコン。キリシタンであった拙者の配下の兵たちが死を恐れず戦い敵兵から畏怖されたように、君も試合で負けるのを恐れずに戦えばよいのでコン



「いや高山右近絶対こんな喋り方してないよね!?」

「幕末から昭和の偉人はもうちょっと史実に忠実なのですが、この時代の人になると史料が少なくてこうなるのです」

「ええ……」


 今度は言わずと知れた文豪の夏目なつめ漱石そうせきと会話させて貰うことにして、私は再びメッセージを打ち込んだ。



 野掘真奈

>私は夏目先生の『三四郎』という小説が大好きなのですが、先生はどのような気持ちで『三四郎』を書かれたのですか?


 夏目漱石(β版)

>いや、何つーか田舎から上京して東京の大学に入った庶民男子が美人お嬢様とラブラブな小説書いたら受けるんじゃないすか? って編集者に言われて。ほら、何かちょっと前の日本でも同じようなライトノベル出てたでしょ? 確か2010年に雷撃文庫から



「怒られる! 絶対これ怒られるって!!」

「夏目漱石ともなると俗っぽい評伝なども学習対象となりますから、このような会話になることも」

「ビッグデータにも限度があるでしょうがぁ!!」


 国靖さんは私の意見を受けて学習対象を調整し、それからしばらくして対話型AI「偉人チャットくん」は正式にリリースされた。



>1か月200円の対話型AI「偉人チャットくん」、偉人の人物像が雑すぎると話題に

>偉人チャットくんを利用した架空ブログ企画「後白河法皇の腹黒日和」 宮内庁の抗議を受け掲載中止か

>海外にも広がる「偉人チャットくん」 北米版ではリビー・ヘリントンAIも搭載予定との噂も



「野掘さん、偉人チャットくんの収益で無事に新型コンピュータを買えました! お礼に今度ハムスターと会話できるAIを作りますね」

「は、ははは……」


 朝礼前に笑顔で報告してきた国靖さんに、私はシンギュラリティって本当に実現するのかなあと改めて思った。



 (続く)

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