第125話 ケーキの切れない非行少年

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「うう、頭が重い……でも体温計で計っても平熱だったし……」


 3日前の放課後に硬式テニス部所属の2年生である堀江ほりえ有紀ゆき先輩の自宅の倉庫の片付けを手伝ってから、私は毎日肩こりと頭重感に悩まされていた。


 日曜日の昼なのにベッドから起き上がれず苦しんでいると、片付けのお礼にゆき先輩から貰った陶磁器の小瓶が勉強机の上でカタカタと音を立て始めた。


『やれやれ、ようやく封印から目覚めることができました。これまで霊力で苦しめてしまい申し訳ありません』

「ファッ!?」


 突如として学習机の上に現れたのは全身が半透明になっている三頭身の小さな女の子で、黒髪ロングヘアに和服を着ているその幽霊は学習机の上で正座すると私にぺこりとお辞儀をした。


わたくしのような幽霊を見るのは初めてですか? 私は幕末から明治の頃に弟と共に堀江家にお仕えしていた者で、使用人でありながら礼儀作法の指導に長けていたことから真礼まれいという名字を与えられました。黒塗りの高級馬車に追突されたことで弟と共に若くしてこの世を去り、今は幽霊の身であることから真霊まれいたそと名乗っております』

「これまで宇宙人とか見たことあるんで今更驚きませんけど、目覚めてこれからどうされるんですか? 陶磁器ごとゆき先輩に返した方がいいですか?」


 真霊たそと名乗った幽霊のプロフィールは大体分かったが、だからといって私の前に現れられてもどうしようもないと思った。


『私がこの時代のこの場所で目覚めたということは、すぐ近くに非礼の波動を感じたということです。こちらの方角なのですが……』

「とりあえず早いうちに成仏して頂きたいので案内しますね。ええと、そっちは確か……」


 真霊たそが指さした方角にあるのはお隣さんの6歳児である村田むらたれんくんの自宅で、普段から家族ぐるみで付き合いもあるので私は陶磁器をバッグに忍ばせてお邪魔してみることにした。



「真奈ちゃん、どうもこんにちは。ちょうど幼稚園の友達が遊びに来てるんだけど、ちょっと喧嘩みたいになっててね。仲裁してあげてくれないかな?」

「喧嘩ですか? ひとまず様子見てきます」


 専業主夫である蓮くんのお父さんはいきなり来た私を歓迎してくれて、靴を脱いでリビングに上がるとそこでは蓮くんと3人の男友達が言い争っていた。


「このけーきはおれがいちばんきれいによんとうぶんできる! だからおれがないふできるよ!」

「そんなこといって、とうじくんはじぶんのだけおおきくきりたいんでしょ? そんなのふこうへいだよ!」


 子供たちはホールケーキを4人で平等に切り分けるやり方を巡ってもめているらしく、シンプルだが確かに厄介な問題だと思った。


『これはいけませんね。この時代では非行少年が問題となっているそうですが、非行少年にはインテリジェンスの未熟さからケーキを切り分けることができない子供たちが多いそうです。ここで子供たちに正しいケーキの切り方を教えないと、彼らはやがて非行少年となってしまうかも知れません。そこで、ゴニョゴニョ……』

「分かりました、提案してみますね……」


 明治時代から目覚めた割には「非行少年」とか「インテリジェンス」といった用語に詳しい真霊たそに小声でツッコミを入れる間もなく、私は真霊たそに耳打ちされたケーキの切り方を蓮くんたちに教えることにした。


「蓮くんとお友達の皆、こういう時は誰か一人がケーキを切って、切った人が最後に選ぶようにすればいいんだよ。そうすればできるだけ平等に切ろうとするでしょ?」

「まなおねえちゃん、でもそれだときったひとがいちばんふりにならない?」

「あっ、確かに……」


 蓮くんは真霊たそが教えてくれたケーキの切り方の問題点をあっさり指摘し、私はどう言ったものか悩んだ。


『ここはケーキに大きさ以外の付加価値を与えればよいのです。あなたを見ている子供たちの反応を見ますに、ゴニョゴニョ……』

「えーと、じゃあこれはどうかな? さっきのやり方をちょっとアレンジして、ケーキを切った子は一番最後に選ぶ代わりに私がケーキをあーんって食べさせてあげる。これなら」

「ぼくがきる! ぼくがけーきをさいごにえらぶからみんなはすきにえらんで!!」

「そんなのゆるさないぞ、れんはまなおねえちゃんといっつもあそんでるんだからきょうぐらいゆずれよ!!」

「ナイフ持って喧嘩するのはやめんかっ!!」


 今度はケーキを切る権利を巡って喧嘩し始めた4人の幼稚園児に、私は一喝してナイフを取り上げるとそのままケーキを四等分し、あみだくじで取るケーキを決めさせたのだった。



 (続く)

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