第92話 アウトソーシング

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「あれっ、ゆき先輩自転車買われたんですか? 中々かっこいい自転車じゃないですか」

「マナの見立て通り、昨日納入されたばかりの新品ですわよ。キャンペーン価格で8万円もしましたの」


 ある日曜日の昼、買い物に出かけていた私は硬式テニス部所属の2年生である堀江ほりえ有紀ゆき先輩が新品のかっこいい自転車を押して歩いている姿を目にした。


「へえー、そんなに高級な自転車なら私もいつか乗ってみたいです。今は乗られないんですか?」

「今乗っていないというか、実は自転車に乗れませんの。試しにサドルに座ったらすぐに転びそうになりまして」

「はいっ!? 乗れないのに8万円もする自転車買ったんですか!?」


 先輩に話を聞くと、彼女は数年前に実家が倒産するまで製薬会社の社長令嬢だったこともあって自転車に1回も乗らずに育っており、デート券販売で稼いだお金で高級自転車を買ったものの当然全く乗れないらしい。


「事情は分かりましたけど、自転車にはやっぱり乗れた方がいいですよ。補助輪とか付けて練習されたらどうですか? それか広めの公園で練習するとか……」

「その意見はもっともですけど、高校生にもなって補助輪付きの自転車で近所を走れませんし、補助輪を付けずに練習して何度も転ぶのも嫌ですの。第三の選択肢はありませんこと?」

「いやー、そう言われましても。自動車の運転免許と違って自転車は自力で乗れるようになるしかないですし、まさか運転を外部委託アウトソーシングするって訳にもいかないでしょう?」

「確かにマナの言う通りですわね。……あら、アウトソーシング? それなら伝手つてがありますから頼んでみます。そうですわ、これでまた一稼ぎできますわよ!!」


 ゆき先輩はそう叫ぶと自転車を押して走り去り、私は一体何を思いついたのだろうと不思議に思った。



 その翌週……


「ほっちゃん、これでいいんだよね!? このまま後ろから押すよ!?」

「ええ、よろしくお願い致します。きゃーっ、自転車で走るのって最高ですわー!!」

「ゆき先輩、これは一体……」


 先週と同じ場所でゆき先輩は自転車に乗っており、ゆき先輩の大ファンである3年生の秋葉あきば拓雄たくお先輩は彼女の背後から倒れないように支えつつ自転車の後部を押して走っていた。


「ほっちゃんの新キャンペーンで、1回2000円払ったらほっちゃんが乗ってる自転車を押させてくれるんだよ! ほっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」

「お金を頂けて自転車にも乗れて、アウトソーシングで一石二鳥ですわ! 明日からも新たな顧客を探しますわよー!!」


 秋葉先輩に押されつつ自転車で爆走しているゆき先輩を見て、私はこれはアウトソーシングというより搾取だと思った。



 (続く)

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