そのろく 日本型雇用慣行

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は(後略)



「ぺらぺらぺらり……うーむ、雇用制度というものは難しいですね」

「右子ちゃん、それ何かの専門書? 結構分厚い本だけど」


 ある日の昼休み、私は硬式テニス部仲間で同じクラスの同級生でもある三島みしま右子ゆうこちゃんが教室の机で分厚い書籍を読んでいる姿を目にした。


「ああ、菜々さん。実はわたくしの実家で雇用に関する問題が発生していまして、それで日本の雇用制度について調べていたのです」

「へ、へえー、そうなんだー……」


 右子ちゃんの実家は「民族政治結社大日本尊皇会」という一般社団法人で、名前からして危なそうなので私は彼女の実家のことについては深く聞かないようにしていた。


「昔からお勤めされている年配の組……いえ社員さんなのですが、最近若年性認知症のような症状が出ていてまともにお仕事を任せられないのです。とはいえ正社員の方なので一方的に解雇することはできませんし、ご本人は自分は健康だと言い張っていて……」

「なるほど。確かに日本の会社って正社員の雇用を守るのを最優先してる所があるから、お給料が安かったり非正規雇用の人を酷使したりして批判されてるよね。ジョブ型雇用になればまた変わるかもだけど」


 日本型雇用慣行にありがちな問題は右子ちゃんの実家でも生じていたらしく、私は雇用問題で困っているらしい彼女の実家に同情していた。


「ジョブ型雇用? その響きはどことなく魅力的ですね。今からお父様に提案してみようと思います」


 右子ちゃんはそう言うとスマホを開いてお父さんにメッセージを送り始め、私は右子ちゃんはその言葉の意味を分かっているのだろうかと疑問に思った。



 その1か月後、右子ちゃんの実家で……


「ヘーイ、ミーは新しくこのジャパニーズ・ヤ○○にエンプロイされたジョブと申しマス! アニキ、今日からこのミーがアニキのニアバイでオツトメしマース!!」

「なっ、何だね君は! 我が大日本尊皇会が君のような( 自粛 )を雇うはずがないだろう!!」

「アニキ、ミーはアニキをサポートするジョブのためにエンプロイされたのデス! アニキがオツトメしている間はミーがバスルームにもレストルームにもアカンパニィしマスよ!!」

「そ、そんな……」



「菜々さん、ジョブさんを雇用したおかげで例の正社員の方は早期退職してくださいました! この度は助言を頂きありがとうございました」

「は、ははは……」


 新たに契約社員を雇うことで正社員一人を追い出した右子ちゃんの実家に、私は会社経営のシビアさを思い知った。



 (続く)

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