第61話 原価率

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。



「まなちゃんまなちゃん、ちょっと1000円貸して欲しいんだよ。来月のお小遣いが入ったらすぐ返すから」

「はたこ先輩にですか? 別にいいですけど、なぜ私から1000円を?」


 ある日の昼休み、私、野掘のぼり真奈まなは1年生の教室に入ってきた2年生の赤城あかぎ旗子はたこ先輩にお金を貸して欲しいと頼まれていた。


 硬式テニス部には他にも2年生がいるので、はたこ先輩がわざわざ私に1000円を借りに来た理由を聞いてみた。



「この前数学の教科書をなくしちゃって、本屋さんで買わないといけないんだけど無駄遣いしすぎて貯金が全然ないんだよ! ゆきもなるみも私は何回も教科書なくしてるからもう貸さないって言うし……」

「は、ははは……じゃあ、これどうぞ」

「ありがとう! 持つべきものは頼れる後輩だよー!」


 高校2年生にもなって貯金が1000円もないのも教科書を何度も失くすのもどうかと思ったが、先輩が困っているのは確かなので私は定期入れを兼ねた財布から1000円札を取り出して渡した。



 はたこ先輩は満面の笑みで1000円札をポケットにしまうと、何かを思いついた表情で口を開いた。


「そういえばインターネットで調べたんだけど、教科書って高校のでも800円ぐらいしかしないんだよ。なのにこの高校の学費は年間80万円もかかるよ?」

「まあ、私立ですからね。しかもうちは中高一貫ですし」

「授業なんて教科書とノートと筆記用具しか使わないのに、学費が80万円もかかるのおかしいよ。そんなに払ってるんだから教科書代ぐらい学校が負担してくれても……」

「うーん、原価率みたいな考え方ですか? 先生方のお給料も必要ですし……」


 そこまで話した瞬間、机の横に吊っていた制カバンが床に落ちてしまい、さらにその衝撃でカバンの中身がばらけてしまった。



「すみません、すぐ拾います。あっ、間違えて弟の教科書を持ってきちゃいました」

「これ、うちの中学校の教科書だよね。久々に見たよー……?」


 はたこ先輩は興味本位で弟の正輝まさきが使っている教科書を手に取り、裏表紙に目を通して……




>この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待を込め、税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう。




「中学校の教科書はゼロ円!? ということは原価率はゼロ分の……割れない……むぐぐぐ……」

「先輩、しっかりしてください!!」


 分子と分母を間違えて原価率を計算しようとしたはたこ先輩は泡を吹いて床に倒れ、私は慌てて先輩を介抱したのだった。



 (続く)

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