第45話 印象論

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



「野掘さん! 今度の日曜日、私と一緒に動物園に行ってくれない?」

「動物園ですか? 別にいいですけど、なぜ先輩と?」


 ある日の放課後、硬式テニス部の練習がない日なので直帰しようとしていた私は2年生で元生徒会長の金原かねはら真希まき先輩に話しかけられた。


「信じられないけど、由自ゆうじにかわいい彼女ができたって言うの! あんな暑苦しい男に恋人がいて私にいないなんておかしいし、どうせデート商法か何かに騙されてるのよ! お礼は弾むから一緒にデートを尾行してくれない?」

「は、はあ……」


 同じく2年生の裏羽田りばた由自ゆうじ先輩はマルクス高校の応援団のリーダーを務めていて、金原先輩とは従兄妹いとこの関係なので彼女なりに従兄を心配しているらしかった。


 お礼は入園料と昼ご飯をおごってくれればそれでいいですと伝えてその日は解散し、来たる日曜日に私は金原先輩と電車で20分ほど移動して動物園を訪れていた。



「お待たせ、裏羽田君! 靴選びで遅れてしまってごめんなさい」

「全然大丈夫ですよ、楽しみに待ってましたから!」


 他のお客さんに紛れて裏羽田先輩を監視していると、動物園の入場口から黒髪ロングヘアの清楚せいそな女の子が走ってきた。


「何ですって、普通に美人じゃない! しかも年上!?」

「私あの人知ってます。ライバル校のテニス部の部長なので……」


 裏羽田先輩と付き合っているらしいあの美女は私立ケインズ女子高校硬式テニス部の部長である出羽でわののかさんで、3年生なので確かに裏羽田先輩よりも年上になる。


 私立ケインズ高校の硬式テニス部は私たちのテニス部のライバルなので、出羽さんとはこれまでも練習試合や公式戦で何度かお会いしていた。



 出羽さんに気づかれないようこっそり移動しつつ、私と金原先輩は2人のデートを尾行していた。


 2人はとても仲良くデートを楽しんでいて……



「ランチメニュー美味しかったですね。端数は僕が払いますので800円頂けますか?」

「初デートで割り勘ってこと!? いかにも日本人男性って感じだけど、まあ仕方ないか。はい、どうぞ」


「さっきのうり坊の芸は面白かったです。若くて綺麗な女性飼育員さんがイノシシを導いている姿は新鮮でした」

「女性を若さと外見で判断するなんて、北欧の男性ならあり得ないと思うわ。ちょっとデリカシーに欠けるんじゃない?」


「大きな印象インドゾウですね。あれほど大きいと荷物を運んだりもできそうです」

「印象論はよくないわよ。旧日本軍がインパール作戦で象を使って失敗したのご存知ない?」



「裏羽田君、今日はありがとう! 良かったらまたデートに」

「すみません、出羽さんと個人的に会うのは今日を最後にさせてください」

「えっ!?」



 別れ際、裏羽田先輩は一息にそう言うと目に涙を浮かべて走り去っていき、出羽さんは事態を呑み込めず硬直していた。



「ほら見なさい! やっぱり由自に年上の彼女なんて荷が重かったのよ!!」

「あれはただ単に性格の問題では……」


 失恋した裏羽田先輩をあざ笑っている金原先輩に、私はあのデート誰も幸せになってないなあと思った。



 (続く)

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