第43話 スローフード

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。



 ある日の昼休み。私、野掘のぼり真奈まなはいつも登校途中で昼食を買っているコンビニが改装中だったので久しぶりに学生食堂を訪れていた。


 やはり久しぶりに見た食券機を前にどのメニューを選ぼうか考えていると、カウンターで大人の男女が言い争いをしている声が聞こえてきた。



「このキャフェテリアはおかしいデス! サムゲトゥンとかオートミールのようなモノばかりで、普通のメニューが全然ありマセン! フライドポテトとは言いマセンがラーメンやライスカレーを出してクダさい!!」

「先生はそう仰いますが、私どもはスローフード運動を推進しておりますので。自宅やその辺の飲食店でも食べられるものを学食で提供しては食育になりませんからね」


 学食のメニューに一方的なクレームをつけているのはマルクス高校英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生で、反論しているおじさんは確か調理師長の寒下かんげ丹次郎たんじろうさんのはずだ。


 寒下さんはマルクス中高学生食堂の責任者に就任して以来スローフード運動を提唱していたが、そのせいでここの学食はサムゲタンが3種類もあったり「ソ連ラーゲリ定食(黒パン&野菜スープ)」「戦中懐石料理(という名の水団すいとん)」といった変なメニューしかなかったりするので私も普段は全く利用していなかった。



「大体サムゲトゥンに入っている赤いナッツのようなものは何デスか!? 中途半端にスウィートで全然美味しくありマセン!!」

「いくら先生と言えども、クコの実を侮辱する発言は料理人として許せませんな。いいですか、クコの実の風味の素晴らしさというのは……」


 普通のメニューを食べたいと主張するスノハート先生と食文化の重要性を説く寒下さんとの論争は全くかみ合っておらず、私は騒ぎが大きくなる前に2人を制止しに行くことにした。



「あのー、スノハート先生も寒下さんも、人前で喧嘩をするのはよした方がいいですよ。そりゃ私も普通のメニューは欲しいですけど……」

「ほら見てクダさい! このように生徒もワタシの意見にアグリーしていマス!!」

「そこまで仰るのなら、スローフードを考慮した『普通のメニュー』をお見せしようじゃありませんか。来週までに準備しますから、お2人には私の新作メニューを試食して頂きますよ」


 いつの間にか2人の争いに巻き込まれてしまい、私は早くいつものコンビニが開店してくれればいいのにと思った。



 その翌週……


「それでは、今回新たに発明した3つのメニューをお見せしましょう。お2人ともコメントをお願いします」

「はあ……」


 調理場の奥の休憩スペースに通された私とスノハート先生に対し、寒下さんは3種類の料理を2皿ずつ並べて中が見えないようふたをしていた。



「では早速。次々に披露していきますよ!」


 寒下さんはそう言うと2皿の蓋を同時に勢いよく取り上げた。



 新作メニューNo.1 ブラッドカレーライス ~革命の象徴を添えて~


「世界中の革命で流された人民の血を表現し、真っ赤なルーを召し上がって頂きます! 革命の血を意味している複数の国旗も添えました」

「食事中に縁起でもないでしょう!」

「でも味は普通に美味しいデス」



 新作メニューNo.2 ポテト・ポテト・ポテト定食


「戦時中の食糧難にも対応できるよう、全てがジャガイモで構成されたメニューです! 主食はハッシュドポテト、副食にジャガイモだけのジャーマンポテト、デザートはスイートポテトにしました」

「栄養バランスって知ってる!?」

「学食でスウィートポテトとはとてもエクセレント!!」



 新作メニューNo.3 核シェルター風ラーメン


「日本が核戦争に巻き込まれた際の避難生活に備え、お湯を注いで3分で作れるラーメンを用意しました! 1食300円という格安のお値段です!!」

「まさかの市販品!!」

「流石はジャパン発祥のインスタントラーメンカルチャー! これこそジャパンのスクールのキャフェテリアデス!!」





「姉ちゃん姉ちゃん、久々に一緒に学食行こうよ。何か新しいメニューがいくつも追加されたらしいよ!」

「行かんっ!!」


 数日後、高校の教室まで来て昼食に誘ってくれた弟の正輝まさきを、私は別のコンビニで買ってきた弁当を手に追い返したのだった。



 (続く)

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