第13話 【幕間】 狼の獣人 カシス

それはまだカシスが狼の鉤爪とパーティーを組む前の出来事。


カシスは狼の獣人であり、村では一番最年少だった。年々狼の獣人の数が減っているからである。

理由は勿論、人間による獣人狩りの所為だ。

大昔に人間や他種族を交えた大きな戦争がおき、種族同士に深い傷跡を残した。敗戦国には人権などなく奴隷や家畜のような扱いを受けているという。

また獣人は、丈夫で力が強いことから奴隷として価値があるとされ村を襲われたことが多々ある。


「人間を信用してはいけない」

「あいつ等は笑顔の下に悪魔を飼いならしている」


カシスの村も人間に見つからないよう森の奥深くにひっそりと存在した。

ある日、狩りに出かけた矢先に1人の人間が倒れていた。他の住民には人間を憎んでいる者が多くいるがカシスは人間と接触したことがなかった為に、善意でその人間を助けた。





「助けてくれてありがとう、ボクは×××」


人間はカシスよりも一つ年下だが、聡明でカシスを獣人だからと拒絶はしなかった。

まるで兄弟のように仲良くなり時には一緒に狩りをしたり知識を教えあったりした。楽しい日々だった。

これをきっかけに獣人と人間が仲良くなればとカシスは心のどこかで願っていた。


だが、それは最悪の形で裏切られた。




カシスが成人の儀として、森の奥に住む魔物を討伐に出かけ三日。

多少てこずったが無事討伐を終えようやく村に戻った時、村は焼け野原となっていた。


信じられなかった。

何が起きたのか全く理解できなかった。そのとき、まだ微かに息があった仲間から途切れ途切れに話を聞いた。


「おい!?大丈夫か!なにがあった!!」

「に・・・げんが・・・・にんげ、んが」


人間が突然この村を襲った。

奴らは村に火を放ち男は嬲り殺し、女子供は連れ去られた。近隣にする村の住人の子供が、この場所を教えたのだと。


カシスは信じられなった。

人間とかかわっていたのはこの村でカシスだけだ。


息絶えた仲間は最後まで、裏切り者の所為でと恨み言を吐きながら命を落とした。

自分の所為で仲間を、家族を失った。人間を信用したがために起きた悲劇に、カシスは怒り狂い近隣の村へと復讐するために襲い掛かった。


村を襲い、人を切り裂き、家畜を殺し暴れるがままに暴れたカシスを、友達であり裏切り者の人間がカシスに呪いをかけた。

どこで手に入れたのか“嘆きの涙”を塗った短剣でカシスの肺を突き刺した。その目にハッキリと殺意をのせて。



「裏切者」


友だと信じていた人間をカシスはその手で殺した。




その後、冒険者の手によりカシスは捕縛された。

領地の地下室でカシスは拷問を受け、そのとき左胸に嘆きの涙の呪いをかけられた。

心臓の上をうっすらと切られじわじわ心臓が石化するようにと拷問を手掛ける男は醜い顔で嘲笑った。


カシスは人間を信用しない、出来ない。

人間は優しい顔を見せておきながら、その裏には欲望と悪意で溢れている。

大嫌いだ、人間など。





***

ふとカシスは目を覚ました。

ずいぶん昔の夢を見たものだ、とカシスは頭を掻きむしる。不意に変身薬で人間に変身している自分の手を静かに見つめる。


カシスが奴隷商へ運ばれる途中、魔物の襲撃により命からがら逃げだし行き倒れのところをマリブ達に助けられた。

彼らは故郷を無くし、人への恨みを持つカシスを慰め仲間へ引き入れてくれた。

嘆きの涙の呪いを解くためには“解呪の針”という魔道具が必要となる。

だが、獣人領ではそれは手に入りづらい。

元々解呪の針は人間が制作した魔道具だ。交流をあまりしない獣人領に入ることはまずないだろう。


背に腹は代えられないと彼らは変身薬で人の身に化け、人族の領土にやってきたが解呪の針を手に入れるには多額の金が必要だった。

そのため彼らは“狼の鉤爪”という名で冒険者となった。


金が集まるのが先か、カシスの心臓が石化し死ぬのが先か。

できることなら呪いではなく、冒険者として終わりたいと考えていた、なのに。





「私凄腕の錬金術士なんですよ!」


出会ったのは底抜けのアホなガキだった。

Bランクの魔物が生息する森への護衛を紹介でもなく掲示板に貼っていた。正直難易度が高いものはリスクが高すぎるので、よほど自分に自信があるやつでなければ受けない。

そんなことも知らない世間知らずの子供。


こいつはきっと裏切りも大切な人を失ったこともない暖かい世界で生きてきたのだろう。

獣人領に行ってみたいなど正直頭の中は花畑なのだと嘲笑い、脅し交じりで忠告もしてやった。


「私は、噂は自身の目で確かめるまで気にしないことにしたんです」


噂もなにも真実だ。

この石化した肺と徐々に心臓を石化していく呪いがなによりの証拠じゃないか。



「カシスさんが、無事でよかった」


なのに何故アイツは安堵したように笑う。

獣人に怪我をさせられたのに、あいつは必死でカシスを救おうとした。無事であることを喜んだ。

裏切られ砕け散ったはずの幼い自分が泣き叫んでいるような気がして、カシスは誤魔化すように悪態を吐いた。


もう一度眠る気にもなれず、カシスは適当に歩くかと宿屋を後にする。

特に目的もなく歩いていれば、不意に商業ギルドの付近にたどり着く。多くの商人や採取した素材を下ろす冒険者や子供の姿を見ながらカシスは、あの日のやり取りを思い出した。


依頼達成の報告とシノアリスから渡された手紙に着いて商業ギルドに訪れたが、なぜか個室に通された。

マリブ達も何故個室に通されたのか分からず首を傾げている。

暫くして部屋にやって来たのはロゼッタとナストリア国商業ギルドの統括長ギルドマスターだった。


「まずはご無事でなによりです」


報告書を読んだのかロゼッタは安堵の笑みを見せた。ブラックタランチュラは本来青の森に生息しない魔物だ。

しかもA級の凶悪な魔物。正直階級が銀色の自分達であれば、本来であれば五体満足でこの場に訪れているのは奇跡に等しい。

なぜ奴らがあそこに現れたのか商業ギルドも把握したいのだと理解できる。

だが。



「情報提供ありがとうございます」

「いえ、当然のことです」

「あと、もう一つですが」

「?」


「此度、ブラックタランチュラの討伐をしたシノアリス嬢のことは決して口外しないでください」

「は?」


意味が分からなかった。


「詳しくは言えないが、いまシノアリス嬢が目立つのは避けたいんだ」

「それは、彼女の家柄とかですか?」


魔物除けの香炉や転移の灯など一般の錬金術士や冒険者でも簡単には入手できない高価なものを使用していたシノアリス。

カシスもシノアリスは裕福なお嬢様だと思っていた。


「彼女は平民ですよ」

「え?!でも魔物除けの香炉とか転移の灯を躊躇なく使用してましたけど!?」

「製作者本人なんだから躊躇もないだろ」

「「「は?」」」


製作者本人。

転移の灯の製作者は、あの有名な放浪の錬金術士。謎のベールに包まれたその存在がシノアリスだというのか。

だがそうすると彼女が高価な魔物除けの香炉や解呪の針を惜しげもなく使用することに納得できてしまう自分がいる。


「ギルドマスター」

「わ、悪い!いまのはつい口が滑って!!!」


嫌悪に満ちた顔でギルドマスターを睨むロゼッタ。


「ギルドマスターが口を滑らせた以上、隠しても無意味でしょう。ですが、決して口外しないと約束してください」


放浪の錬金術士の名はカシスたちも勿論知っている。

そして国中がその力を抱え込もうとしていることも。


「・・・・あの子を紹介してくれなければ俺達は仲間を失っていた」

「あぁ、彼女は命の恩人だ。口外しないと約束しよう」


放浪の錬金術士の名はそれだけ有名だ。

もし、彼女が放浪の錬金術士だとバレればきっと欲深い人間に攫われるだろう。

それが嫌に不快だった。





「あれが珍味と称される蜘蛛なんですね!?」

「屋台のおっちゃんが言ってました!蜘蛛は見た目は凄いが、珍味な味だと!」

「獣人の中にもマリブさんやルジェさん、それにカシスさんという優しい獣人がいることも覚えておきます」


間抜けな顔で笑うシノアリス。

あいつには、あのまま間抜けな顔で笑っていてほしいと思う自分がいる。


「あいつは底抜けのアホだ」

「おい、カシス」

「だから俺も言わねぇ」


例え、アイツの実績を奪うことになろうとも。

アイツが間抜けに笑っていられればいい、と告げるカシスにマリブもルジェも驚いた。

まさかカシスの口からシノアリスを思っての発言がでるとは思わなかったのだ。

ロゼッタも彼らが口外しないことを約束してくれたことに改めて礼を言い、その場は解散となった。



それから狼の鉤爪の名は冒険者たちに広まった。

今日もマリブやルジェは誘いや依頼の話などに駆り出されている。カシスは病み上がりを考慮してお留守番。

カシスたちの正体は獣人だ。

冒険者であろうと人間にバレればなにをされるか分からない。だから彼らは極力名前が売れないように細心の注意を払っていた。

だが彼ら“狼の鉤爪”がブラックタランチュラを討伐したと話が広まれば、カシスたちは大勢から注目される。その予感は見事に的中した。

だけど。





「おっちゃぁぁん!串焼き!お肉と蜘蛛の串焼き大盛りちょうだい!!!」


商業ギルドから離れ、再び適応にふらついていたカシスに耳に間抜けな声が聞こえる。

川沿いを挟んだ反対側の通りに沢山の屋台が並んでおり、ピョコンと目立つ白銀のアホ毛をカシスは目ざとく見つけた。


カシスはジッと遠目からシノアリスの姿を見つめる。

串焼き屋から物を受け取り、幸せそうに肉を頬張る。アホ毛を上下に揺らしながら頬をパンパンにして詰め込む姿に、あれが有名な放浪の錬金術士であるとは想像もできない。



その姿を見つめながらカシスは、薄く笑みを零した。

そうだ、アイツはあの間抜けな顔で笑って過ごしていれば良い。


人間を許すことは、まだカシスにはできない。

だけどシノアリスのような間抜けでお人好しな人間もいるのだと今なら少しだけ思える。未だあの日の出来事に涙を流す幼い自分に、カシスはそっと伝えるように胸の内でつぶやいた。





「よぉ、ガキ。騒がしいと思ったらやっぱりお前かよ」

「ばぁっ!ばびぶばん!!ぼびばびぶびべふ!(あっ!カシスさん!お久しぶりです!)」

「せめて肉から口を放して喋れ」



人間は未だ信じられない。

だけど底抜けの大バカもんで間抜けな此奴は、少しは信じられそうだよ。



****


本日の鑑定結果報告


・獣人族

主に肉食、草食動物がそのまま2本足で素行しているイメージをお願いします。

他の種族より五感に優れ、力も人間より数倍優れている。唯一人間に劣るとすれば魔道具や魔法、そしてスキルを持たない。

稀に人とのハーフで魔力を扱える存在もいるが、それは異質として扱われる。


獣人は力があり、丈夫なので奴隷として狩られることが多い。

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