33:歓喜



「バカか!嫌いなわけあるか!俺への迷惑なんてお前が気にする事じゃないんだよ!お前が俺に迷惑をかけるのは当たり前なんだ!もうっ……わかんないよなぁ!だって香椎花、お前ほんの少し前まで高校生だもんな!わかるわけない!」

「春センパイ意味わかんないっすよ……言ってる意味ぜんぜん……ぜんぜん」

「なぁ、もっと保守的になってよ!自分を守っていいよ!事無かれ主義でいてよ!自分が周りからこう言われるだろなって分かってて、それでも笑って仕事してるお前は十分凄いからさ……“若い”ってだけで言われる批判にもっと敏感になって、もっともっと自分が楽になるように動いて。批判されて平気な部分なんか作るな!他人を攻撃するとその分自分にも帰ってくるんだ!そうだろ!?」

「…………」

「お前は凄いやつだよ。誰とでもすぐに打ち解けられる。お前が来て俺、仕事楽しくなったよ。一緒に仕事してて楽しいよ。迷惑なんて思ってない。ただ、もっと……ううう」

「なに、泣いてんすか。春センパイ!」


最早最後は支離滅裂。

顔を挟まれたままの香椎花は至近距離でボロボロと泣き出した春に、カウンターに居た宮野を顔を春へと向けたまま呼んだ。


「マスター!なんか拭くもんください!」

「あ、か、かしこまりました」


宮野は途中から笑う事もできずに見守っていた二人の問答が急に終焉を迎えた事に驚いた。なにが起こったのかさっぱりわからない。

喜劇なのか、悲劇なのか、これは何なのか。

店中の客も急な二人の掛け合いの終了に妙な雰囲気になっていた。

今では店の客全てが二人への聴衆であったのだ。


「春センパイ、マジで意味わかんねー」

「うう、うう」


香椎花はスルリと己の顔の両脇から消えた春からの拘束に、首をコキコキと動かしながら眉を潜めた。

そして、宮野から手渡されたおしぼりで「うえ、うえ」と泣き喘ぐ春の顔を丁寧に拭いてやる。


「んー、俺頭わりーんで春センパイの言いたい事あんまよくわかんなかったっすけど」

「……うう」

「ふいんきで、さっするとー、春センパイは俺の事が好きって事っすよね!いえーい!」


にこー!

春の涙をゴシゴシと拭いながらカラカラと笑いだした香椎花に、宮野はドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。

こんな化けモノ宇宙人みたいな新人と付き合っている春の日々を思って、心底同情した。

最初に己の見立てたこの香椎花という青年への考察など、一切合切が的を外しているようにすら感じて来る。

ゆとり世代で宇宙人だったのだ。

もっと若い世代など、最早なんと称してよいのか宮野にはわからない。

いや、そもそも世代の問題ではないのだ。

きっとこの香椎花という青年が“特別”なのだ。

そう思わなければ、これからの世間の荒波を越えてゆける気がしない。


こんな奴らが、世の中ゴロゴロ社会でのさばってくる未来なんて、怖くて愉快で恐ろしくて、考えたくもない。


「ねー、春センパーイ!そっすよねー?俺の事スキって事っすよねー?」

「うん」


そして、そんな相手に酔っぱらいとは言え平然とした顔でコクコク頷く春もやはり、宮野にとっては宇宙人だった。

あの掛け合いで二人の何かが解決したのかどうかはわからないが、最早それを理解する立場には宮野はないのだった。


そして、それはきっと。


「…………」


店の入り口で、二人の掛け合いの最初から立ちつくしていた太宰府も同じであろう。

その隣の甘木は、どうであろうか。

甘木五郎丸も春と同じ世代で生きてきた若者だ。

きっと、きっと甘木も宇宙人なのだろう。


「宮野さん、何か手伝いましょうか?」


この状況でスタスタやってきてそんな事を言うのだから。


「あれ、バイトの人っすか?じゃあこれもういらないんで、おねがいしまーす」

「バイトじゃねぇよ。春ちゃん泣かしてんじゃねーし。年上への口の利き方覚えろよ」

「……ごろうまるくん?」

「ごろうまる!?あなたさまは、武士の家系の人っすか!」

「…………宮野さん、エプロンください」


最早最後は香椎花の事は無視である。

春は突然の甘木の出現に擦られて赤くなった目を少しずつ見開くと、キョロキョロと顔を動かした。

そしてお目当ての人を視界に映した時、春は先程までの涙などうって変った笑顔で叫んだ。


「太宰府さん!太宰府さん!」

「え?」


春は入り口で立ちつくす太宰府の元へと駆けつけると、そのまま太宰府の手を取り矢継ぎ早に声を上げた。

太宰府は何も言えないままただ春を見つめる事しかできないでいた。


「太宰府さん!俺やっぱり怒るの下手クソでした!全然分かってもらえませんでした!あははっ!太宰府さんは見苦しくなんかありません!かっこいいです!一番尊敬してます!憧れです!俺は太宰府さんみたいになりたいです!」


春はそれだけ言い終わると、太宰府に向かって倒れた。

唐突に春は眠ったのだ。

人生初の大仕事を果たし、疲れ果てて眠ってしまった。

己の尊敬するヒーローとのたまう相手の腕の中で。


(太宰府さんの言う通り、相手は案外けろっとしてました)


春は夢の中でそう報告すると、意識を深い深いところまで落としていった。

そして、当の太宰府はと言うと。


「はは……最高」


春日の体を支えながら、呆然とそう呟いた。

そこにはミスを連発した情けない顔も、側溝に落ちて不貞腐れた顔も。

一切なくなっていた。


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