28:連絡


     ○



「香椎花、えっと、その……今週どこかで一緒にご飯行かない?奢るから」

「いっすねー!行きましょう!今日行きましょう!」

「え!?」



意を決した春の誘いは、あっさりとオーケーされてしまった。

余りのあっさりさと急な予定に、春は内心『ぎゃあ』と怖気づいていた。

太宰府の家で号泣したあの日、いや、つまりは昨日の夜の話なのだが、まさか今日この後輩とすぐに食事になろうとは予想外だった。

自分から誘っておいて心の準備が出来ていないとは一体どういう了見だろうか。

けれども、さすがに誘って今日の今日となるとは思いもよらないではないか。


「めっちゃ楽しみー!一応名目上は未成年何で、春センパイにメーワクかけないために飲まないでおきますねー!そこらへん俺分かってんで!ダイジョーブっすよ!」

「香椎花!部長が見てるから静かに!」


いつもの何の遠慮もないデカイ声に、春は混乱しながら「しーっ」と人差し指を立てた。

そんな春に「やばー!それしてる人めっちゃ久々見たんですけど!ヤバー!」と興奮し始める香椎花。春日は頭の中がグルングルンするのを感じながら、携帯をポケットに急いでトイレへと向かった。

昨日の今日で申し訳ないが、今この事を誰かに伝える事で自らを落ちつかせたかった。

まぁ、誰かというのはもちろん。



--------------

太宰府さん

今日、香椎花と飯に行きます。宮野さんのお店に行きます。どうしましょう。がんばります。

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混乱の余り春日は気持ちのまま文字を打ち込み、そのままのメッセージを送信した。

そして、見返す間もなくトイレから飛び出ると心臓を早鐘のように鳴らしながら、オフィスへと戻った。

された経験は山ほどあっても、した経験は皆無。

そんな、初めの一歩を踏み出すには春の目は少しだけ赤かった。


仕事終わり。

それが今日一番の春にとっての大仕事だ。




        ○





太宰府の携帯が震えた。

その時、太宰府はちょうど取引先の会社から出てきた所だった。

天気は良すぎるくらいに快晴で、日差しが強い。背広は今や脱いで腕に引っかけていた。

腕まくりする程ではないが地肌に風を感じたいと、太宰府は少しだけ裾をまくる。

幾分、暑さの和らいだ自身に、太宰府は脱いだ背広のポケットから携帯を取り出した。


--------------

太宰府さん

今日、香椎花と飯に行きます。宮野さんのお店に行きます。どうしましょう。がんばります。

--------------


太宰府は携帯に映る文面を静かに目で追いながら、昨日の春日の姿を思い出した。

体を丸めて肩を震わせる春の姿には、今でも太宰府の心は締めつけられる。

そして思った。


「……心配過ぎる」


思わず漏れた言葉は本音以外の何物でもなかった。

自分の仕事の部下であれば、平気で崖の下に突き落とす事を是とする太宰府であったが、こと春の事となれば話は別であった。

相談されれば多少厳しい事も言ったりはするが、それでも実際の職場の太宰府と比べると、その対応は大分優しい対応に分類されるであろう。

それは春が本当の太宰府の部下ではないからなのか、それとも太宰府自身が春に妙に惹かれてしまっているからなのか。


まぁ、理由は確実にその両方であろう。

惹かれているが故に出来るだけ優しく接したい。そして、己と春の間に仕事の繋がりがないが故に手放しで優しくしても何の問題もない。

その状況が太宰府の春への態度を酷く甘いものとした。


それに太宰府には分かっているのだ。

どんなに自分が横から上司面したところで、春が本当にアドバイスして欲しいと願っている相手は別に居る。


宮野 陣という、春の元上司であり、太宰府の友人でもある男。

宮野は己の筋を通す男だ。

その宮野が自らはもう言うべき立場にないと、徹底して仕事について建設的な意見を述べなくなった。


それなのに、やはり春にとっては宮野こそ本当に助けて欲しい相手なのだ。


(宮野さんのお店に行きます)


その一文が全てを物語っており、太宰府は妙な胸のつっかえを感じざるを得なかった。


「たまには平日に飲むのも悪くない」


胸の中のつっかえを、太宰府は見て見ぬふりをしてそう小さく呟いた。

太宰府は素早く携帯に文字を打ち込むと、そのまま速足で駅を目指す。

今日も、出来るだけ早く仕事を片付けるべく。


-------------

頑張ってください。応援していまふ。

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周りから何でもできると思われているベテランリーマンは、今日もプライベートでは小さなうっかりと動揺に揺れていた。

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