2:問題発生
その日、
カップルで賑わうイルミネーションに彩られた繁華街を、彼はひたすら走っていたのだ。
彼の名前は春日 春。
名前に春という字が二つも入る彼の纏う雰囲気は、確かに春の気候のように穏やかだ。
年は24歳。
今年の春に就職難を乗り切り見事社会人としの一歩を踏み出した若人の一人だ。
だが、春日の容姿は悲しいかな24歳の若人には一切見えない。
春日はいつも、いつだって、年相応に見られた事はなかった。親戚の子供(小学5年生)と遊んでいれば自分の子供も間違われ、先輩と遊びに行けばいつも何故か年長者に見られる。大学の授業では若い教授だと思われた事だってあった。
試しに年齢を言う前にこちらの年齢を相手に尋ねてみれば、その答えはいつも30代後半。どこかのんびりとした所帯染みた雰囲気も春日の見た目年齢をグッと引き上げる要因だ。
春日は黙っていれば、妻子持ち(子供は既に小学生で男の子と女の子の二人居る)の36歳というのが、今までの周りからの意見を総称した、春日 春という男の見た目である。
だが、春日はそれを悲しいと思った事もなければ、コンプレックスに感じた事もなかった。
確かに春日は最初に申し上げた通り24歳の新社会人である。
しかし、春日もいつかは見た目で言われるような30代後半になる日が来るのだ。
そう思うと、老け顔の自分を気にするのもどうかと思うし、そんな事考えてもどうしようもないとしか思えない。
そう、春日はいつものんびりと構えていた。
まぁ、一度くらいは年齢よりも下に見られたいなぁと思わなくもないのだが。
閑話休題
春日はクリスマスの今日、世間のそんな色めいたイベントを横目に仕事に追われているのだ。
ある資料の発注が相互の連絡ミスによりなされておらず、春日はその資料を発注元へ直接取りに走っている最中だった。
その資料はどうしても今日中に受注して、各支社へ発送しなければならないモノだ。
「必ず今日中に発注した資料は揃えるぞ!じゃなきゃお前らに正月なんてないと思え!?」
そう、春日の先輩でもあり課長である
誰にもわからない。
しかし、仕事を仰せつかった以上、失敗の原因はどうあれ、春日は現状の逸れてしまった仕事の軌道を通常の流れへと修正する為の最善を行わなければいけない。
故に春日は走っている。
社会人になって、いや、のんびり屋の春日がここまで本気で走っているのは高校の部活の時以来かもしれなかった。
幸か不幸か春日にはクリスマスを共に過ごす彼女は居ない。
だから、彼は周りのカップル達を気にすることもなく、ただ視界の端に映るイルミネーションの数々を見て「綺麗だなぁ」なんて、少し、ほんの少しだけ得した気分になるのだった。クリスマスだからといって何が欲しい訳でも、何か特別な事がしたいわけでもない。
春日は早いところ、この状況を打破し、一人暮らしの小さなアパートの一室という彼のお城で、のんびりヒーターの前でテレビでも見れればいいと思っていた。
いつもより少し豪華にコンビニのケーキでも買って、先ほど見たイルミネーションでも思い浮かべれば、それは春日にとって立派なクリスマスの夜だ。
24年間、彼女の居なかった春日には一人で過ごすクリスマスが寂しいなんて微塵も思わない。比べて寂しがるクリスマスが彼の人生には今までのなかったのだから。
「はぁっ、はぁっ……つ、ついた」
イルミネーションで煌めいた駅前、繁華街を抜け春日は目的のビルの立ち並ぶビジネス街の一角に立っていた。
周りには綺麗で巨大なビルの群衆が立ち並ぶ中、春日の前にあるビルは建てられてから相当時間が経っているのか酷い見た目だった。
壁には小さな日々が細々と存在し、ところどころコンクリートが剥き出しの部分が見え隠れしている。
「確か、このビルの7階のオフィスだって言ってたよな」
春日は以前、宮野から貰ったこの会社の係長の名刺のコピーを見て、住所を確認した。
確かにビルの名前は「和白第一ビル」で、階も7階で間違いない。
春日は息も整わぬままカツカツと響く薄暗いコンクリートの床を蹴って目の前にあるエレベーターに乗り込んだ。どうやら、このビルにはエレベーターの他に非常時の外階段しかないようだ。
この寒空の中、さすがの春日も7階までの道のりを外階段を使って上る元気はない。
建物も古ければエレベーターも相当古いようで、狭い上に薄暗い。これは本当にちゃんと動くのかという不安が拭いきれない。
早いところ仕事を済ませて会社へ帰らなければ。
春日はそう思い、エレベーターに乗り込んだ。
その時。
「すみません!乗ります!」
そう春日と同じ走って乗り込んできた男に、春日は笑顔でエレベーターの開くボタンを押した。
「どうぞ。何階ですか?」
「っはぁ、っはぁ。すっ、すみません!な、7階です」
「あ、一緒ですね。間に合ってよかったです」
「っはぁ、よかった。ありがとうございます」
そう言って肩で息をしながら隣に乗り込んで来た男を見て春日は思った。
「(かっこいあなぁ。俺と同い年くらいかな)」
その瞬間、狭いエレベーターに男二人を乗せたエレベーターの扉は閉まり、動き出した。
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