送迎
私、田邊凛は暑い店内で火照った体を外の夜風で冷やす。
私たち新人の歓迎会も終わり、同僚たちは全員は外に出ている。
そして最後に店内から出て来たのは、営業課の部長白雪さんと課長のこーちゃんだった。
「流石に強い酒を飲ませてしまったか……。私の責任だし、しっかり介抱しないとな」
白雪さんはぶつぶつと言いながら歓迎会の途中で酔い潰れたこーちゃんを抱えている。
「本当に驚きましたよ。いきなり課長が酔い潰れて……。部長は何を飲ませたんですか?」
私と白雪さんは歳が近いって事で気兼ねない態度で話ができ。
そんな私が白雪さんに尋ねると、白雪さんは肩を竦め。
「焼酎のロックだ」
「度数は?」
「………40度だ」
「…………部長。部長が酒食らいだっての今回ので分かりましたが、課長はお酒が弱いって言ってましたし、そんな人にその度数は毒に近いですよ」
「流石の私も今回は反省している……。美味しかったから遂飲ませてしまったが、これでは上司失格だな」
焼酎は水かお湯で割って度数を下げて飲むのが一般的。
勿論そのまま飲むロックもあるが、こーちゃんは酒が弱いからロックなんて飲めば酔い潰れるのも頷ける。てか、最悪死ぬよね。
「だが、美味しい物を共有したいのは人の性なんだよな。本当に、古坂は昔から私と一緒の物が飲めなくて寂しいよ」
昔から……か。
そう言えば、こーちゃんと部長さんってこーちゃんが入社した時からの付き合いなんだよね。
もしこーちゃんが高卒で入社していると、約15、6年……私と同じぐらいの付き合いか。
「では部長。私たちはそろそろ帰りますが、本当に古坂課長の事は任せてもいいんですか?」
「あぁ、古坂は私が送るから気にするな。お前たちは気を付けて帰れよ」
二次会は無く、同僚たちは各々の帰路に付く。
私は途中までこーちゃんと部長と同じ道だから2人+酔い潰れで夜道を歩く。
「それにしても、お前が昔に古坂が言っていた幼馴染だったとはな」
帰路を歩く途中で白雪さんが唐突にそんな事を言って来る。
「私の事、知ってたんですね」
「まあな。と言っても抽象的だが。お前が古坂に何をしたかは知っている」
私は歩む足を止めて立ちどまる。
自分の昔の後悔を思い出して足が震えて動かない。
「なら、知っているんですよね……私が古坂さんに何をしたか」
私は固唾を呑んで白雪さんに尋ねると、白雪さんは頷き。
「あぁ知っているよ。お前が昔に古坂を振って、在学中に妊娠して退学した、ってな」
こーちゃん……他人にそこまで話すなんて。
けど、仕方ないよね。こーちゃんにとっては私は忌むべき相手で、悩み相談みたいな感じで言ったんだろう。それに、こうやって再会するなんて互いにも想定外なんだし。
「それで。白雪さんは私の事を知って軽蔑しましたか? そして、部長権限でクビにしますか? 人の心を傷つけ、節操も無く妊娠して学校を辞めた私を」
私はクビになる恐怖で瞳を震わせながらに問う。
だが、白雪さんは首を横に振り。
「なんで優秀なお前をクビにしないといけないんだ。振って人の心を傷つけたからクビ? そんな事でクビにはしないよ。まあ、妊娠は流石にとは思うが。飲み会で聞いた感じだとしっかり育てているようだし、私は気にしないよ」
白雪さんはそう言うが私の溜飲は下がらない。
だが、何を言えばいいのか困惑して口を噤んでいると、白雪さんが口にする。
「お前、古坂の事好きなのか?」
私は心臓が飛び出しそうになるほどに動揺する。
ななな、と狼狽する私に対して白雪さんは真剣な表情だった。
私がこーちゃんが好きなのか……か。考えない様にしていたんだけどな。
「正直、今の私には分かりません……。もし仮に好きだったとしても、私は古坂さんに相応しくありません」
自分で言ってて胸が締め付けられそうだ。けど、私は一度こーちゃんを振っている。
そんな自分が相手に相応しくないってのは自分が一番知っている。
なんで白雪さんはそんな事聞くんだろうと思ったけど、私は気付き尋ねる。
「白雪さんは古坂さんの事、好きなんですか?」
白雪さんは面食らった様にぱちくりと瞬きをして、クスリと微笑する。
「あぁ、好きだよ――――――――」
その一言に私の心はどん底に突き落とされた様に絶望する。
いや、なんで私が絶望するの……。私にそんな資格はないのに。
けど、白雪さんは一言で言って美人だ。
顔も整っていて、背も高く、スタイルも良い。
モデルかってぐらいに美人なこの人から好意を抱かれれば満更じゃない男はいない。
「——————からかい甲斐のある”弟”みたいで」
「……………はい?」
ちょっと今、この人はなんて。
「えっと白雪部長。今なんて……私の耳が変じゃなかったら、古坂さんを弟みたいって聞こえた様な……」
「ああ。お前の耳は変じゃないよ。私にとって古坂は弟みたいなものだ。私は一人っ子だったから、古坂みたいな、からかい甲斐のある弟がずっと欲しかったんだよな」
えっとつまり……白雪さんはこーちゃんの事を弟的な存在にしか見ていないってこと?
ということは、一人の男性として見ていない……。
不思議と安堵している私に白雪さんは、自身の唇に指を当て悪戯っぽく笑い。
「だがな田邊。この世に姉が弟を好きになってはいけないっていう絶対な道理はないんだよ」
「ちょ、それって!?」
まさかの手の平返しに驚き入る私を白雪さんは喉を鳴らして笑い。
「ハハハハッ! 悩め悩め! 女は死ぬまで恋する乙女なんだから!」
白雪さんの言葉の真意は結局は口にせず、話は流れ。
「それにしても……古坂もやっぱり男なんだよな。そろそろ疲れてきた……」
「でしたら私が代わりましょうか? ずっと白雪さんが抱えて大変そうですし」
「いや、古坂を酔い潰させた私の責任だから私が運ぶよ。それにしても……こんな時に限ってタクシーが一台もいないってどういう事だ」
「電話しても全部出払っているから時間がかかるって言われましたし。こんな事あるんですね……」
こーちゃんの家はそこまで遠くないと言っていたからこーちゃんを抱えて徒歩で帰宅しているけど……。
流石に女性では成人男性を運ぶのは辛そうだ。
逆側を私が支えようと思ったけど、私と白雪さんの身長差でこーちゃんの態勢が傾いて変になる。
タクシーが来るのを祈るけど、ここは車通りが少なくて一台も通らない。
「仕方ないか……」
白雪さんが何かボソッと呟くと方向転回する。
そして自然な流れである建物に――――――
「ちょっと待ってください。なにナチュラルにそこに入ろうしているのですか?」
私が白雪さんの肩を掴んで制止すると、白雪さんはぶすっと拗ね。
「疲れたんだからしょうがないだろ。後、正直酒が回って吐きそうだし」
「だからって! なんでラブホテルに入ろうしているんですか!?」
白雪さんが入ろうとした建物はラブホテル。つまり男女が如何わしい行為をする場だ。
「安心しろ田邊。ここは経費じゃなくて自腹だ。何も心配することじゃない」
「全然安心できる要素もありませんし、別に横領の話もしていません! 私が言いたいのは酔い潰れた人をホテルに連れ込むのは倫理的に駄目ってことですよ!?」
うぅ……私はこの後の交差点で別れる予定だったからなんだか心配になって来た。
酔っぱらいの貞操概念なんて無いにも等しい。
しかし、白雪さんは顔を青ざめて。
「それはそうだが……ならどうしたものか……。古坂の介抱よりも私の方も気分が悪くなって……うぷっ」
嘔吐しかける口を塞ぐ白雪さん。
どうやら先の歓迎会で飲み過ぎたようだ。
「あ、ヤバい……本当に限界だ。すまないが田邊。古坂の事頼めるか? 古坂の家の住所教えるから」
「え、別に構いませんが……白雪さんはどうするんですか?」
「私はホテルに泊まるよ。ここから家は少し遠いし、3時間あれば気分も良くなるだろうから。落ち着いてから一人で帰るよ」
この人は如何わしい行為をする為じゃなくて、本当に気分が悪かったようだ……。
「これが古坂の住所と、後、途中でタクシーを拾えた時用にお金も渡しとく。安心しろ。これは私の自腹だから」
と言って私のこーちゃんを託すると、白雪さんは1人ラブホテルに入って行く。
1人であの場所に入るって……酔いが回っているのかそれとも勇気があるのか。
「あ、田邊。古坂の事は任せたが、逆送り狼はするなよ?」
「しませんよ!」
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