親子みたいに

 鈴音の演技に騙され、一日鈴音の父親の代わりを務める事になった。

 何処に付き合わされるのやらと覚悟したが、超意外にも鈴音が行きたいと言った場所は、バッティングセンターだった。

 カキンカキン、とバットの金属音が響く施設内。

 そう言えば鈴音、家のテレビでたまに野球中継とか見ていたな。

 

「お前って野球とか好きなのか?」


「野球ってよりもスポーツ全般好きだよ。頑張る人の姿を見るのとか自分の事の様に燃えたりして。けどやっぱり、自分でする方が一番楽しいからね」


 俺が一日限定の父親になったからか、いつもは生意気な性格に似合わぬ敬語であるが、今は砕けた口調になっている。これがコイツの素の口調なんだろう。

 

 このバッティングセンターでは受け付けでテレフォンカードみたいな薄っぺらいカードを購入して、そのカードを自分が打ちたい台に挿入することで開始される仕組みのようだ。

 鈴音は俺から本人曰く出世払いとして借りたお金でカードを購入。

 どの球速、球種の台で打つか探索中。

 

「うーん……どこがいいかな。手頃なスピードの所は埋まっているな」


 今の時間、あまり集客はないが、鈴音の言う通りに初心者が打てる球速の台は使用中。

 空いている台は120km付近の野球経験者が使う様な台ぐらいだ。ここは10km毎に台が分かれていて最高160kmなんてふざけた台もある。

 後は左投手だったり変化球だったり、この辺は初心者の鈴音とは無縁の台だな。

 

「仕方ない。今打ってる奴が終わるまで待つか」


 俺はベンチに座り、80kmを打っているカップルが終わるのを待つ。

 俺が退屈に欠伸をする中、待つことに不服なのか頬を膨らます鈴音は鼻を鳴らし。


「別にいいよ待たなくても。私、この台で打つから」


 と言い鈴音が向かった台は130km。

 

「おいおいお前そこ、野球の経験者でも中級クラスだぞ。お前打てるのか?」


「大丈夫だよ”これぐらい”」


 コイツ、130kmをこれぐらいって言うなんて……相当な自信だな。

 もしかしてコイツ、野球経験者なのか? スポーツ観戦と同じぐらいにするのも好きだって豪語していたし。

 鈴音は打席に入り、機械にカードを挿入する。

 ピピッと音がなり、それが開始の合図なのか、機械は稼働音を鳴らす。

 

「よし来いッ!」

 

 鈴音は施設で貸し出される金属バットを持って打撃フォームを構える。


「へえ。様にはなってるじゃねえか」


 初心者にありがちなバットの握り手が逆だったり、ボールに怯えて体が開いたりとした構えではない。

 宛ら経験者の様に脇は締まっいて、適度に足を開き、投手機械の方を直視している。

 こいつやっぱり、野球経験者なのか―――――と思ったが、


 ウィーン、バン! パシャ!


 稼働音を鳴らして放たれてた剛速球に鈴音は微動だも出来ずにボールは鈴音の後方のネットに着弾。

 ポタポタと床を跳ねる軟式球を鈴音は唖然と見ていた。


「…………え、ちょっと、え……」


 唖然とする鈴音を機械は待ってくれない。

 鈴音が固まっているのを他所に第二球目が放たれる。

 だが、そのボールも敢え無くバットに当たる事なくネットに着弾。

 ここで鈴音がポカーンと口を開く。


「球………速くない?」


「……お前、今更何を言っているんだよ」


 コイツやっぱり……構えは様になっているが選球眼は初心者のようだ。

 

「お前……野球やった事あるのか?」


「……実を言うとやった事ない……」


 俺は呆れて顔に手を当てて仰ぐ。

 鈴音は言い訳をするように俺に言う。


「だ、だって! 野球中継で見た時はこれぐらいの球遅く見えたんだから!」


「お前、前に自分は頭が良いって言っていたが、本当か? 体感速度ってのがあるだろ。物の見方、角度で感じる速度は違う。横や後ろから見る中継よりも、真正面から迫って来る方が速く感じて当たり前だろうが」


「そ、それは……知識としては知っていたけど……まさかここまでとは……ひぃっ!」


 選んだことを後悔中の鈴音は球威に怯えて尻餅を付く。

 

「……はぁ。だから言ったのによ。おい。この打席は諦めろ。だからバット置いてこっちに……」


 俺が鈴音に中断を促そうとするが、尻餅を付いていた鈴音は立ち上がり、再びバットを構える。

 自分では打てないと分かり切っているはずなのに、鈴音の目は気迫に満ち溢れている……いや、これは。


「絶対に打つ! このまま負けっぱなしなのは癪だからね!」


 ……ただの負けず嫌いだ。しかも機械相手に。

 鈴音の負けず嫌いが発動してから球に怯える事は無くなった、だが、意気込みと結果が比例する訳ではない。鈴音は果敢に来たボールにバットを振るが、掠る事無く空振り。

 全30球あった打席は一度もボールがバットに触れる事無く終了する。


「な、なんで当たらないの……まさか魔球!?」


「馬鹿言ってるんじゃねえよ。球が通り過ぎてから振ってれば当たるわけがないだろ」


 ポカッと現実逃避する鈴音の頭を軽く小突く俺。

 

「これで分かっただろ。初心者お前にはこの球は打てない。自分の身の丈に合わせてお前は遅い球をやった方がいいだろ」


 丁度80kmを打っていたカップルも終わったようだ。

 だが、台の前で談話しているそこに割り込むのは勇気がいるな……。


「むぅ……偉そうに言ってくれて。お父さんだって打てない癖に」


「はぁ? お前と一緒にするなよ。俺はこのくらいの球打てるわ」


「へへえ? 私と同じで大口叩くんだね。ならお父さんもやってみてよ。私は後ろで無様な恰好を嗤ってあげるから」


 コイツ、俺が一日限定の父親になったからって生意気具合に拍車が掛かっているな。

 鈴音にバットを渡され受け取った俺を置いて鈴音は退出する。

 俺が無様に空振りする様を期待する様にベンチに座って腕を組んでやがる。

 

 年下仮娘に喧嘩を売られた俺は逃げる訳にはいかずに、バットと一緒に渡されたカードを機械に入れて、ピピッと開始の合図を聞いた後に構える。

 …………久々だからどこまでいけるか。

 バン! と機械が弾が放出され、俺は脇をしっかり絞め、足を踏み出し、身体を捩じった反動でバットを振るう。するとバットの芯が球を捉え、カキン!と金属音を鳴らして、ボールは前方のネットの壁まで飛ぶ。


「おぉお。久々だが感覚はあまり鈍ってないな。よしこれなら」


「ちょちょ! なんでお父さんはあの球打てるの!?」


 俺の無様な空振りを期待していた鈴音は驚いた様子で聞いて来る。

 そんな鈴音に俺は勝ち誇った顔で言う。


「俺、中学は野球部のレギュラーだったんだよ」


 まあ、元々熱意があった訳じゃないから、高校に入って辞めたけどな。

 15年以上のブランクはあるけど、それでも俺が経験者だと分かり、


「ひ、卑怯だ!」


 何とでも言え。俺に喧嘩売った事を後悔しやがれ。

 その後俺は訛ったブランクを無理やり叩き起こして30球中16球を前に飛ばす。

 30球0球の鈴音に圧勝だ。


「ふぅ。久々だがボールを打つ快感はいいな。今度からたまにはバッティングセンターに通ってみるか」


 運動で流した汗を袖で拭い打席から出た俺を迎えたのは悔しくて頬を膨らます鈴音だった。


「卑怯だよ経験者だったなんて! そんなの私よりも打てて当たり前だよ!」


「だから勝つ試合で何も賭けなかっただろうが。つか、経験者の俺でも、実践だとこの球速を簡単には打てねえ。それに、真っすぐしか来ないって分かってるから打てるんだよ」


「なに自慢!? 打てるからってマウント取るなんて恥ずかしいよ!?」


「あぁー喚くな喚くな。別にマウント取ってるつもりはねえ。つか、最初から自信満々に打席に立ったお前が悪いんだろうが。素直にした事がないって言っていれば良かったのによ」


 俺に正論を言われてぐぅの音も出ない鈴音は頬を膨らまし俺を睨むだけ。

 面倒くさいと嘆息する俺だが、鈴音にバットを渡し。


「俺がちゃんとした振り方教えてやるから機嫌を直せよ」


 俺が宥めると鈴音は鼻を鳴らして俺からバットを受け取り。


「だったら教えてもらってもいいよ」


 コイツ、素直にありがとうも言えないのかよ……。

 

 俺は空いた台の打席で鈴音に打ち方を教える。


「お前はフォームは完璧だけど、それプロの見様見真似だろ?」


「うん。適当になんだかカッコイイなって思った選手のフォームを真似ただけ」


 つまり形は良いが中身がなってないって所か。

 素直にフォームを完璧に真似るのは経験者でも難しいのだけど、バットを振れないと意味がない。


「構えは完璧なんだから、その状態で脇を絞めたまま、腰を捻って、左手を投げる様な感覚で振ってみろ」


「んん? ごめん、全然分かんないんだけど」


 それはそうだな。正直スポーツは言葉で説明するよりも体で教える方が効率が良い。

 俺も昔コーチに教えられた方法でコイツに教えてみるか。

 俺は鈴音の背後に立ち、


「つまりだな」


「ひぃゃあ! ちょっと、何処触ってるの!?」


「はあ? 何処って……腰と左腕だが?」


 俺は鈴音に左手と腰で振るう感覚を掴んで欲しくて何か不服だったのかこめかみを引くつかせ。


「あっけらかんと答えたね……自分がなにしているのか自覚しているの? つか、私を女扱いしてないって言わないよね?」


 ん? こいつは何を言っているだ。人が教えてやってるのに文句が多いな。

 俺は二人羽織りの要領で背後から鈴音にバットを振るう感覚を教える。

 後ろから構えの矯正をする方が効率が良くて、俺も昔コーチにこれをされて打率を上げた経験からこれが良いと思っている。


「ちょっと見てよアレ。バッティング教えてるよ」


「うわマジだ。凄いラブラブな感じだな。あれ、カップルか?」


 何か後ろから話声が……これは先ほど80kmを打っていたカップルか?

 つか、誰がカップルだ。


「いや違うでしょ。男の方なんだか老けてるし。女の方は若いから、多分親子だよ親子。じゃないとあそこまで密着出来ないでしょ」


「それもそうだな。休日だから娘に家族サービスしているんだろな」


 そう言ってカップルたちは去って行く。

 何か変な勘違いしてくれたようだが……何故かドキドキして、安堵している自分がいる。

 だが、俺って鏡で見てまだ20代でいけると思ってたけどそんなに老けてるのか!?

 カップルって勘違いされなかったのは良いが、老けてるって言われてショックなんだけど!

 

「親子…………か」


「ん? どうしたんだよ鈴音」


 耳を赤くした鈴音がボソッと呟いたのを拾い聞き返す俺だが、鈴音はニシッと歯を見せる笑顔を向け。


「私たちって周りから見れば親子に見えるのかなって思ってさ」


 なんだそんなことか。

 

「ふん。それは何とも不服な事だ。こんな我儘な娘がいたらストレスで禿になっちまうぜ」


「ひどくないそれ!? こーんな可愛い娘がいたらどこでも自慢できると思うけどね!」


「あぁー言っとけ言っとけ。ナルシストな可愛い娘さん」


「誰がナルシストだ! もう怒った! 今日は私が130km打てるまで帰らないからね! だから、私にしっかりと打ち方教えてよね、お・と・う・さ・ん!」


「いや……流石に130kmは……せめて妥協して80kmに……」


 無言で俺を睨む鈴音。

 鈴音の頑固さはダイヤモンド並だと言うのは知っており、これは折れる気配は無い。

 有言実行と言わんばかりに鈴音は幾度も130kmに挑戦して……夕陽が沈むまで打ち込んだ。


 その日、俺は目的の1つのパソコンを買えずに一日が終わった。





 結局、バッティングセンターだけしか行けなかったが、鈴音は大満足だったのか終始ご機嫌で、帰ってからは遊び疲れたのか寝てしまった。

 つか、ナチュラルに家出延長されてるんだけど……本当に我儘娘だな、こいつは。

 

 鈴音が眠って静かになった部屋で、俺は今は邪魔者がいないとキリの良い所まで仕事を進める事にした。

 だが、夜の9時を超えた所で携帯が鳴る。

 

「やべっ、鈴音が起きちまうな」


 俺は携帯を取ってベランダに出る。ここなら話声は部屋まで行かないだろう。

 俺は携帯の画面に表示される発信者の名前を見る。


「白雪部長からだ。なんだ?」


 俺は通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。


「あっ、お疲れ様です部長。古坂です。こんな遅くに何か御用ですか?」


『おぉ、古坂。夜分に悪いな。今忙しいか?』


「いえ、別に忙しくありませんので構いませんが。なにかあったんですか?」


『いや、別に大した用事ではないんだがな、ちょっと伝達ミスと言うか、お前に伝え忘れていた事があったんだ』


「伝え忘れていたことですか?」


『あぁそうだ。明日な――――――私たちの課で新人の歓迎会があるんだ。悪い。お前に伝え忘れていたのをついさっき思い出したんだ』


「………………はい?」


 

 

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