休日出勤

 冗談です冗談、と悪戯っぽく舌を出す鈴音に見送られながら出社した俺は、パソコンのディスプレイと睨めっこ。

 

 俺は今年度から課長に就任して、昨年度までと仕事量も変わり重要な仕事も回って来るようになった。

 部下から提出された営業記録を見直し、数字の桁に間違いはないか、取引先と非合理な契約を結んでないかをチェック。

 他にも仕事は沢山あって会議も多い。

 他の課との兼ね合いも大事にしないといけないから、今まで以上に横との繋がりを大事にしないといけない。

 

 まだ就任して1ヵ月経ってないから全然仕事に慣れておらず、上に提出する課長としての目線での営業課全体の報告書を作成しているのだけど……先刻さっきも言ったが、まだ日が浅い俺に課長目線と言っても全然話がまとまらない。

 期日は三日後。早めに終わらせないと他の仕事にも支障を来す。

 だから休日なのに会社に出勤したのだけど……駄目だ。中身が薄い。まるで学生の作文レベルだ。


「だはぁ……目が痛い、頭が痛い……終わる気がしねぇ……」


 1人しかいないオフィスで顔を押さえて天井を仰ぐ俺。

 今日は土曜日で他の残ってる仕事がない社員は予定通りの休日。課長の俺だけが休日出勤……いや、もう1人いたか。


「古坂。報告書作成は順調に進んでいるか?」


 キャリアウーマンバリバリの雰囲気を醸し出し、清潔に整えられたスーツを纏う俺の上司、白雪部長も休日出勤してたんだっけ。

 

「いーや全然です。本当に無茶ぶりですよ。まだ日が浅い俺に課長目線で見た営業部の近況の報告なんて……。皆良く頑張ってくれてるのは分かりますが、それを文字で纏めるとしても、良い言葉が思い浮かばなくて」


「そう頭を固くしなくていいんだぞ。お前が思った通りの言葉で書けばいい。それに、それは後で私もチェックするんだから、その時に修正してやるから。気にせず書けばいい」


 そう言われてこっちとしても荷が軽くなる。

 白雪部長は平の頃から営業成績も高く、格上の相手にも物怖じしない態度から俺達後輩は何度も助けられ、前任の部長が退職した際に俺達の総意で部長に就いて欲しい程に尊敬している。

 ……まあ、条件として、同時に課長も別の部署に配置換えするって事で空いた課長の席を、『私の補佐を古坂にやってもらいたい。お願いできるか古坂?』と言って来た時は肝を冷やした。

 元々俺も営業成績も良かったから上層部の人たちから反対意見はなかったし、昇格で給料も増えるから万々歳なんだけど……今回みたいな面倒な仕事も増えるから当初は断ったけど、同期の奴や後輩から、猛プッシュされ、俺が筆頭に白雪先輩を部長に推薦した手前、断り切れずに課長になった訳だけど……良いのかこの会社。


「そもそも悪かったな古坂。その報告書の期間はある程度余裕があったはずだが、私が他に仕事を増やしてしまった所為でギリギリになってしまったんだろ」


 白雪部長の言う通り。本当はこの報告書の期限には余裕があった。

 だが、社員が取引先とトラブルを起こし、白雪部長がその沈静化に掛かり切り、そして代わりにその間に白雪部長がするはずだった仕事を俺がした事で、この報告書制作が遅くなってしまったのだ。


「いや、あれは白雪部長の所為じゃないですから。相手側が無理難題な取引を言って来たのが原因なんですし、貴方の手腕があったからこそ大事にならずに済んだんですから。……けど、その取引先と殴り合い寸前になったと聞いた時はマジで心臓が止まるかと思いました……」


「ふっ、私が女だからと言って舐めた態度を取った相手が悪いのだ。今度あったらあのクソ眼鏡の眼鏡カチ割ってやろうか……」


 ……滅茶苦茶怖い。

 白雪部長って普段は優しくて頼りになる先輩だけど、怒ると怖いんだよな……。

 仕事での失敗は怒らない。『人は成功もすれば失敗もする。失敗を怒るよりもどうすれば成功するのか、どうすれば次は失敗しないかを互いに模索する』。それが白雪部長の持論だ。

 だが、今回の様な相手が無茶苦茶な事を言ってきたりや、同僚を貶された場合は、相手が重要な取引先でも激昂する。本当にそんなんでよく今までクビにならないよな。

 まあ、白雪部長のカリスマ性は上層部の人や俺達部下が認めているからなんだろう。

 

「そう言えば白雪部長。俺は報告書制作で出勤しましたが、白雪部長は何故会社に?」


 本来は白雪部長も出社する必要はない。俺が出社するから上司の自分も出社するなんて決まりもない。

 白雪部長は俺の質問に応えるべくか、脇に抱えていた書類の束を俺に見せる。


「私が出社理由はこれだ」


 ……と言われても、書類の裏側にしているから全然分からないんだが……。


「すまんな。これは重要な書類で個人情報も書いてあるからお前にも見せる訳にはいかない。別に見せてもいいのだが、人事部の奴に言われてな、許してくれ。まあ、端的に言うと、中途採用の採用者たちだ」


「中途採用?」


 俺は首を傾げて聞き返す。

 

「なんだお前のその反応は……。まさか、知らなかったのか? 最近我が社の事業拡大に成功した事で景気も上昇したが、人員も足りなくなったから、中途採用を取るって」


「あぁ……そう言えばそんな話を聞いた様な……」


 嘘。全く覚えていない。ここ2か月は課長の引継ぎや仕事に慣れる為にそんな余裕は無かったからな……。課長としてかなり恥ずかしい。


「本当は月曜日に受け取るはずだったんだが、中途採用を担当している人事部の奴が急に出張が入って、前倒しの土曜日きょう営業部ここに配属する社員の履歴書を渡すって言われてな。こうやって私も休日出勤したってわけだ」


 そうだったのか。

 けど、新卒が研修をしている今の時期に中途採用って案外珍しいな。


「そう言えば最近人手が足りないなって思ってたんですよね。何人入って来るんですか?」


「現時点では5人だ。男女割合で2:3で女性が多いぞ良かったな」


「いや、別に嬉しいとは思いませんが?」


 入って来るのであれば仕事ができる人が好ましい。その中に性別は一切関与されない。

 

「まあその内の1人は……少し手間取っているらしくてな。他の奴らは再来週から出社して貰うんだが……そいつだけは何やら事情があって予定通りに出社できるか分からないらしいんだ」


「なにかあったんですかね? 家庭の事情、とか……」


 自分で言ってて胸がキリキリする。

 絶賛我が家ではその家庭の事情で家を飛び出した不良少女を匿っているんだよな……。

 

「うーん。流石にそこまでは聞いていない。相手の問題に部外者の私たちが首を突っ込むわけにはいかないからな。だが、この書類を見た感じでは、私はこいつに期待しているんだ」


「へえー? 白雪部長が太鼓判を押すって。高学歴のエリートですか?」


「私は学歴で人を測ったりしない。正直会社に入れば学歴など関係ないからな。仕事を真面目に頑張ろうとする者なら私は歓迎する」


 そう言えば白雪部長も俺と同じで高校を卒業後にこの会社に就職したんだっけ? 

 思い返せば、俺も高卒でこの会社に勤め始めて白雪部長との付き合いも15年経つのか。


「けど、学歴じゃないなら、前の会社が大企業とか?」


「それも違う。こいつの前の会社は言っては悪いが聞いた事がない会社だ。私がコイツを期待するのは、資格だ」


「資格ですか?」


 資格か。

 確かに俺も学歴よりもそっちの方を注視するな。

 資格があれば色々と役に立つ時もあるし。

 俺が持つ資格は自動車の免許証と、Word、Excelぐらいだからな。資格が沢山ある奴は羨ましい。


「他の採用者と違って役に立つ資格を幾つも有しているからな。資格=仕事ができる=性格ではないが、現時点で最も即戦力になると期待できるのはコイツだな」


「へえー? どんな人なんですかね?」


「まだ私も会った事がないから、それは入って来てからのお楽しみってわけだな。順調であれば再来週になるかもしれないが、新人だからって虐めるなよ?」


「ふっ。俺の扱きに付いてこれるか見ものですねってスミマセン、調子に乗ったことを謝りますのでその掲げた拳を下げてください……」


 この人の目が黒い内はこの部署でパワハラは横行しないだろうな。

 

「それじゃあ、私は他にも仕事があるから行くが。報告書の方は頼んだぞ」


「分かりました。白雪部長が度肝を抜く程の報告書を作成してみせますから期待していてください」


「それが良い意味での度肝の方だと期待しているよ。休日手当の方は付けとくが、あまり多くは期待しないで欲しいから、キリが良い所で終わって早く帰れよ?」


「分かりました。ありがとうございます」


 それを言い残して白雪部長はオフィスから退出する。

 再び1人となったオフィスで俺はパチンと頬を叩き。


「よし、もうひと踏ん張り頑張るとしますかな……」


 と意気込んだはいいが、その腰を折る様に腹の虫がぐぅーと鳴る。

 時計を見ればいつの間にか昼を過ぎていた。どれだけ集中して尚、難航していたんだ俺は。

 俺は鞄に入っている布で包まれた弁当箱を取り出す。

 これは今朝、出社する前に鈴音が渡してくれた鈴音自作の弁当。

 蓋を開けてみると、中身はなんだか女性よりな盛り付けだった。

 そう言えば、実家では当番制でお袋さんの分の弁当も作ってたって言ってたっけ。

 なら、女性向けな盛り付けになっても可笑しくないか。見た目は兎も角、食欲をそそられるおかずたちに俺は唾を呑みこみ。一口おかずを食べる。


「うん、やっぱり美味しいな、あいつの料理は」


 これを食べて生気を蓄えて、早く仕事を終わらせて帰るとするか。

 今日はゲームの続きも約束したからな。






 康太と別れた白雪穂希は、中途採用の採用者の書類を見ながら社内の廊下を歩く。

 

「そう言えば、別に携帯や住所を秘匿すればいいだけで、名前ぐらいは言っても良かったな。それに女性って事も。えっと……田邊凛、か。歳は、古坂と一緒だな…………ん? 田邊凛? はて? この名前、どこかで聞いた覚えがあるような……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る