家出延長
私は掻い摘んでだが、家主のこーちゃんに家出の経緯を話した。
お母さんは私の肉親の父との交際を後悔していると言っていた。
なら、その交際で産まれた私はなんだったのか、お母さんへの不信感が原因で家出した事を。
それに対してこーちゃんが返した言葉が。
「親父さんがいないって事はお袋さんが唯一の肉親なんだろ? なら、意地を張らずに仲直りしないとな。お袋さんは絶対にお前の事を心配している。お前の事が好きだから自分と同じ過ちを繰り返して欲しくないって事だろ」
と、大人ながらの正論を言い仕事に向かった。
あの人は相当なお人よしなのか馬鹿なのか、家の鍵を私に預け、1万円を無償で渡した。
家を出るときにポストに入れといてくれとか、私が家の物を盗むって考えなかったのか。
しかもお金まで貸すなんて……。
こーちゃんはあくまで他人。しかも、昨日会ったばかりでお互いの腹なんて分からない。
けど……意地を張らず、か。
お母さんは私をどんな気持ちで育てたのかな……。
本当の父は全ての繋がりを断たれたお母さんを無情にも捨てた憎むべき相手。
けど……私の中にはそんな屑男の血も流れている……もし、私が産まれなければ、お母さんはもっと幸せな人生を過ごせたのではないのか。お母さんは内心では私の事を憎んでいるのかもしれない。
そう考えると、帰路を歩く足が重かった。
私はまだ心の整理は出来ていないのかもしれない。
駅に着いて、丁度に到着した電車に乗れば何駅かすれば地元に行ける。
渡された1万円あれば電車賃は十分。少し背伸びした高い駅弁も買えるぐらいの余裕がある。
けど……私は改札の切符を買えなかった。
改札の駅員は切符売り場の前に佇む私を不思議そうに見ている。
当たり前か、今の時刻は確実に登校時間を過ぎている。そんな時間に制服姿の若人がいればどうしたんだと思うだろう。後数秒いたら話しかけられかねないから、私は駅を後にした。
駅を離れても私は行く当てはない。
友達も知り合いも親族もいない土地で、私は1人。
何人かにも声を掛けたが、全員が苦い顔を浮かべて誰も受け入れてはくれなかった。
分かっている。私ももし相手側の立場なら自分へのリスクを考えてしまう。だから私は誰も恨んではいない。
けど、帰らないとしても私はこれからどうすれば…………って。
「しまった。こーちゃんの家の鍵持って来ちゃった。返さないといけないのに」
いつもの感覚で閉めた鍵をそのままポケットに入れてた私は鍵を持っていくわけにはいかず、一度こーちゃんの家に戻ろうとする、が。
その道中で私はふと立ち止まり、澄み切った青空を仰ぐ。
「……こーちゃん。凄くお人よしだったな……素性も分からない私を、信じて、鍵まで預けたんだから……」
けどこーちゃんは私が家に帰る事、お母さんとの仲直りを望んでいる。
こーちゃんの家に帰ってもう一度泊めて欲しいと言っても、駄目って言うだろうな……。
そもそも、あの人の部屋汚すぎるよ。ゴミや服は散らかってるし、掃除もしてないのか隅には埃が溜まっている。弁当箱の容器の数から自炊も全くしてないんだろうね。栄養バランスは大丈夫なのか。
本当に、だらしない大人の偶像そのままだよ。
…………だけど、あの人といると、どこか安心したんだよね。
結局、こーちゃんは私の身体に指一本触れなかったし、本気で考えて私にお母さんとの仲直りを勧めてくれたんだよね……。
まだ会って間もないから、私はこーちゃんの事は知らない。本性も全然把握していない。
けど、心の片隅でこーちゃんと一緒に居たいって思っている。自分の心なのに不思議だよね。
お母さんが好きだった幼馴染の人と顔が似ているから、遺伝子情報で私にもそれが遺伝されたのかな……って、それはないか。
「そう言えば、小学生の頃の作文であったな、お父さんを題材にしたのが。私にはお父さんがいなくて本当の事は書けなかったけど、理想のお父さんの事を書いたっけ。頭が良くなくても、だらしなくても、私の事を本気で愛してくれる優しいお父さん」
心に空いた隙間。それはどうすれば満たしてくれるのか私には分からない。
けど、もしかしたら、こーちゃんと一緒にいれば、満たされるのかな……。
ごめんね、お母さん。親不孝の私を許して。
もしかしたら見当はずれかもしれない。後悔するかもしれない。
けど、あの人と僅かに過ごして感じた安心感に、もう少し浸りたいと思ってしまったんだ。
心に決めた私はよしっ、と鍵をポケットに入れて走り出す。
いつまでも制服でいる訳にはいかず、渡された1万円でフード付きパーカーを買った同じディスカウントストアで安いTシャツとズボン、後ブラとパンツを購入。
スーパーでは今晩の献立としてカレーをチョイス。その材料を購入して私はこーちゃんに家に帰る。
こーちゃんは私が家にいるなんて思ってないはずだから、驚かせるつもりで美味しいカレーを用意しよう。自惚れかもしれないけど味見をすると美味しかった。まあ、市販のルーを使ってるんだから当たり前か。
部屋も掃除しよう。ゴミ置き場の分別を確認すると、ここは分別に甘いのか、燃えるごみと燃えないゴミの判別は甘い。だから心置きなく適当に分別をする。
好奇心で色々と部屋を漁るけど、可笑しい……良い大人だから如何わしい本やDVDがあると思ったけど何処にもない。まさか本当にこーちゃんって
※康太は電子派である為にそういったデータはタブレットに入っている。
食事の準備。部屋の掃除。浴槽の掃除。溜まった洗濯も終わり。後はこーちゃんの帰宅を待つだけ。
ここは驚かす為に、いっちょ新妻風に出迎えよう。
なんだか外がドタバタと騒がしい。足音が遠ざかったと思えば暫くして戻って来た。
ガチャとドアが開かれる。そこから恐る恐るとした感じにこーちゃんがご帰宅。
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・じっ!」
え、叩かれた? まるで無意識の様に私の脳天にチョップが叩きつけられる。
割れる! 脳が割れる! 有り得ない! 女子高生の頭にチョップとか虐待だよ!
「なにするんですか! もしかして、新妻風の出迎えは不服だったとか……でしたらやっぱり、お帰りなさいお兄ちゃん♡って出迎えをいたたたっ! 頬を摘ままないでください!」
冗談半分で言ったけど、こーちゃんの表情は般若の様に険しい。え、本気で怒ってらっしゃる?
「なんでお前はまだ
ああ、やっぱり怒ってるポイントはそれだよね……私は頬を膨らまし。
「嫌ですよ! なんで家に帰らないといけないんですか! 私は家に帰りたくありません!」
私は悟られない様に強情に返す。
こーちゃんはキッチンを指さす。
「そもそもお前、これはなんなんだよ!」
こーちゃんが指差すのは鍋に入った冷めたカレー。
「なにってカレーですが? もしかしてこーちゃんはカレーを知らない?」
「黙れ若造! 俺が言いたいのは、カレーの材料は家になかったはずなのにカレーが作れて……ってお前、まさか!? てかその服!?」
そういうことか。まあそうだよね。
日本人でカレーを知らない人なんているはずがない。
私はこーちゃんに指差されて、茶目っ気にバレたカと舌を出し。
「カレーの材料とこの服はこーちゃんが家を出た後に近くのスーパーで購入しました。いやー私も女性ですから、三日も同じ服を着ていて気持ち悪くて。一緒にパンツとブラも買いました、安物ですが」
その制服も今は洗濯して外に干して……ってあれ? 女物の制服を外に干すって今思えば危なくない?
ヤバい、後で直ぐに回収しよう。
と、私が違う所に危機感を覚えている最中、こーちゃんの頬は引き攣り。
「お前な! 俺がお前に渡した1万円は家に帰る為の駄賃で渡したんだぞ! なにこれから居候しますって態度は!?」
「え、駄目ですか?」
「当たり前だ! 家に帰れよ!」
私はこーちゃんに首根っこを掴まれてずるずると外に追い出されそうになる。
私はこーちゃんの手から身を捩じって逃れると、縋りつくようにこーちゃんの足にしがみつき。
「そんな無慈悲な事しないでください! お願いです、もう1日もう1週間、いえ、もう1か月泊めさせてください!」
「なんでだよ! 普通逆に小さく妥協するものだろ! なんで増えていってるんだよ!」
「お願いです! 泊めてくれるのでしたら私なんでもしますから! 炊事洗濯掃除など! 身の回りの世話をします! こーちゃんが望むなら下の世話もしますから! 慈悲を! この哀れな家出少女に慈悲を与えてください!」
炊事洗濯掃除はするつもりだけど、下の世話はもうするつもりはない。
こーちゃんがそれを強要するって人じゃないってのが分かっているから。けど、思わず言ってしまった。
「てかよ。男の俺に頼まなくても、同性に頼む方がいいだろ」
「……こんな身元不明の未成年を泊めるお人よしはいませんよ……。本当はこーちゃんの前に何人か声をかけましたが、全員が私を怪しんで首を横に振ったんです……。こーちゃんだけなんですよ! 私を家に泊めてくれるのを了承してくれたのは! お願いです! 泊めてください!」
この際土下座でもなんでもしてやる。
私の駄々のこね方はお母さんを幾度も篭絡させた程なんだから、昔「お父さんが欲しい!」って以外!
私は子犬の様につぶらな瞳で懇願すると、呆れ返ったのかこーちゃんは嘆息して。
「…………はぁ……。分かった。分かったよ。泊めてやるよ」
「本当ですか!?」
やっぱりこーちゃんはちょろ……ゴホンゴホン。本当にお人よしだ。
「だが、自分の言葉には責任持てよ。炊事洗濯掃除はしっかりして貰うぞ。家事も仕事の一環だ。働かざる物食うべからず。まずは折角作ったカレーを食べようか。俺、カレー大好物なんだよな」
「分かりました。今装いますから、手を洗って待っていてください!」
私は鼻歌を歌いながら冷めたカレーを温め始める。
こんな若い子がご飯を作ってあげるんだから、面倒事じゃなくて幸運に思ってくれないとね。
ご飯を装い、お玉でカレーを注ごうとすると、私は横目でこーちゃんを見る。
こーちゃんは何処か懐かしむ様な、そして寂し気も混じった表情をして
「……その顔で泣かれると俺は勝てる気がしねえな…………」
と、私に聞こえない何かを言っていたみたいだけど、これからよろしくね、こーちゃん。
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