写真の面影

 お母さんと喧嘩した私は感情に任せて家を飛び出した。

 その後は無計画にただ遠くに行きたく電車に乗った私は幾度か乗り換えを繰り返し何県かの境界を過ぎた所で降りた。正確に言えば手持ちのお金の有限まで乗った結果辿り着いたに近い。

 無鉄砲に電車に乗った私は移動費だけで殆どの手持ちを失い、切り詰めても3日程度の食費分しか残らなかった。 

 お金が無くなったから帰るなんて自分のプライドが許さず、その前に帰るお金すら無い私は知らない土地を歩くしか無かった。

 

 家出初日は人生初の野宿を体験した。

 公園のベンチで寝たのだけど、もう寒くて寒くて、風が砂埃と落ち葉を持って来てまともには寝れない程に最悪だ。

 朝になって私は、人生で初めて学校をサボった。今まで皆勤賞を更新してたけど、学校に行くほどの精神的余裕が無かったからどうでも良い。

 けど、制服のまま飛び出して来てしまったから、この恰好のままだと警察から『学校は?』と補導されかねないから、血肉を削る思いで開店間もないディスカウントショップで売られていた冬物処分のフード付きのパーカーを購入。流石に下まで買う余裕は無かったから、パーカーだけ羽織って街を探索。


 私が来た街は別段都会でもなければ田舎でもない中途半端な街。

 人通りもそこそこ多いから、怪しまれない様になるべく裏路地を歩いた方がいいね。

 私は考え無しに家を飛び出したから、別にこの街で何をしたいとかは一切ない。

 学生の家出となれば収入はゼロ。何もせずにお金は湯水のように沸かない。

 だからその日のご飯は夜のカップラーメン1個。一昨日まで温かいご飯を食べてたのに、家出2日目で挫けそうだ……けど、絶対に家に帰ってやるものか。

 …………お母さん本人が私を見つけるまで。

 その日の夜は探索中に発見した公園にある………あの名前が分からない穴が空いたドーム状の遊具。あの中で風を凌いで寝た……けど冷え込みのおかげでやっぱり寝れなかった。


 家出開始から3日目。

 ……早々に手持ちのお金が尽きた。

 育ち盛りの高校生にカップラーメン1個で腹を満たされる訳がない。

 一晩経てばお腹の虫がキューキューと切なく鳴く。残りの金額で買える物は精々カップラーメンが限界。

 今後の生活を考えるとお金は絶対に必要だ。けど、お金を稼ぐ方法は限られている。

 1つは単純に働く。だけど、身元不明の未成年を真っ当な所が雇ってくれるだろうか。

 日雇いのアルバイトならいけるかな……けど、今までバイトもした事のない私が働けるだろうか。


 ……もう1つは身体を売る。売春行為、援助交際ともいえる。

 私って自己評価では顔はそこそこ良いはず。身体だって発展途上だけど決して悪くない。

 こんな私が中年の人に声をかければ釣れるだろうけど………絶対に嫌! 

 お金の為だからって身体をそう易々と売れるわけがない! けど、ならどうやって稼げば……。


 私は考えた。けど良策は浮かばず途方に暮れる。

 

「仕方ないか……まずは人の良心に訴えて泊まらせてもらおう。最初は安全な同性をまず尋ねてみるかな」


 私は夕時の仕事帰りのOLを標的に泊めて欲しいと頼み込む事にした。

 …………けど、当たり前だけど上手くはいかなかった。

 こんな身元を明かさない奴を無償で泊まらすお人よしはいない。けど、このままだと餓死する。

 しかも今日電器店の前を通った時に見たテレビで、今晩は春にも関わらず夜は冷え込むと言っていた。もしかしたら明日には凍死体として発見……とかはないとしても、誰か泊めてもらえる場所は……。

 

 贅沢は言わない。

 貧しい食事でも良い、雨風凌げるならそれでいい。

 もうこの際……………男性の人でも良い! 身体でもなんでも売ってやる!

 食事プリーズ! 寝床プリーズ!


 男性を許容したからと言っても、相手は選びたい。顔身体はどうでもよく、第一条件は優しい人。

 先日母に男の見る目が無いと言われたけど、そんな事ないし、絶対に優しい人見つけてやるから!


 …………結果は不毛に終わった。

 

「はぁ……もうお腹が空いて思考能力が低下したよ。もう選り好み出来ない。次会った人にお願いしよう。もし男性だったら、グッバイ私の処女。どうか私の食費の為に散って……」


 ごめんなさい中学時代の学年主任。

 『乙女の処女は命よりも重い』って言ってましたが、愚かな私は命よりも重いそれを散らします。

 街灯の少ない道を歩いていると、私から見て交差点の左から男性の声が聞こえる……男性か。


「…………うぷっ。白雪部長、また無理やり飲ませやがって……俺が酒強くないって事知ってる癖に……。これが最近の言い方でアルハラってやつか……」

  

 なんか上司の愚痴っぽい事言ってな……なんか面倒そうだけど、背に腹は代えられない。

 私はこの通りかかる男性に声を掛けようと待ち構えるが、角から現れた男性の顔を見て私は固まった。

 昔、お母さん抱いて涙する幼馴染の写真を見たくて、一度内緒で部屋を漁った事があった。

 その時に涙でしわくちゃになった写真を発見。その写真に写っていたのは、若い頃のお母さん、若い頃のお母さんは本当に私と似ていた。もし私たちが並べば双子と間違われる程に……そしてそんなお母さんの隣に笑顔でピースをしている男性。名前は知らないけど、優しそうな顔をしていた。


『もし、お母さんたちが付き合っていれば、この人が私のお父さんだったのかもね……』


 父の存在に憧れた事がない訳ではない。小さい頃に何度かお母さんに『なんでお父さんがいないの』ってぐずった事がある。もしお父さんがいたらって考えた事もある。

 もし私のお父さんだったら、この人だったらって思った事がある。


 私はお母さんの幼馴染の面影がある男性を追いかけた。

 薄暗い道での足音は不気味かもしれないけど、その顔を見たい。私は何も声をかけずに男性の背中を掴む。


「うわっ!」


 背後から私に掴まれて驚いた男性は飛び跳ねるように私から距離を空け。


「ご、強盗か!?」


「違います!」


 開口一番に人を強盗呼ばわりって酷すぎない!?

 私は男性の顔を直視する。似てる。お母さんの持ってた写真に写ってた男性に。

 いや、そうと決まった訳ではない。似ている人なんて世界に沢山いる。

 日本だけでも広い。見知らぬ土地で手当たり次第に声を掛けて、この人がお母さんの幼馴染ってどんな確率なのか。……流石に有り得ないか。

 ただのそっくりさんの男性は私への不信感を露骨に晒し。


「本当に強盗じゃねえんだろうな……てか、そうじゃなかったら俺に何の用だよ? さっきの、俺に何かしら用事があるみたいに掴んで来たよな?」


 激情で掴んでしまったからもう後には引けない。

 私は自分の処女を捨てる覚悟で大きく息を吸い込んで。


「————————宿泊代は身体で払います! ですから、家に泊めてください!」


 後何かご飯を、とそこまで言うと図々しくなるから家に入れて貰ってから言おう。

 男性は唖然としている。当たり前か。

 見知らぬ女性からいきなり身体で払いますって言われたら、詐欺か美人局と思うかもしれない。

 逸り過ぎたか……と思った矢先に男性が私に尋ねる。


「一つ確認するが……お前年齢は?」


「16歳」


「さよなら」


 しまった! 突然の質問に思わず素直に答えてしまった! 

 ここは嘘でも成人してるぐらい……って制服着てるからバレるよね!

 私は逃がさないと去ろうとする男性の背中を掴み。


「お願いです! 私の身体を自由にしていいので、泊まらせてください!」


「…………お前な。冗談でもそういう事言うんじゃねえぞ? 自分の身体はもっと大事にな」


 冗談でこんな事は言わない!

 こっちは処女捨てる覚悟で頼み込んでるんだから!


「野宿と身体を天秤にかけての苦渋の選択です! お願いです! このままだと私、寒い外で野宿しないといけないんです!」


 もう2日間の野宿で限界が来てる。お腹も空いた。もう貴方が最後の頼みの綱なんだから。


「てかよ。野宿が嫌なら家に帰ればいいだけだろ?」


「そ、それは…………」


 痛い所を突かれて言葉を詰まらす私。

 家出娘って面倒事を引っ提げてくる厄介者。ここは家出って事を悟らせないように。


「お前………まさか家出娘か?」


 はい直ぐにバレた!

 バレてもしょうがないよね。だってこんな夜遅くに泊まらせてって言う人なんて家出をした人ぐらいだから。

 はぁ……この人も駄目か。なら、せめて身体を売ってお金ぐらいは——————


「…………分かった。仕方ないが泊めてやるよ」


 …………はい? 私は内心首を傾げる。

 今、この人はなんて言った? 泊めてくれる? Really本当に!?


「ほ、本当ですか!?」


 私は歓喜して思わず男性の腕を掴み、心変わりする前に私は捲し立てる。


「ありがとうございます! でしたら家に案内を……っと。その前にゴムを買わないいけないですね。流石に生はいけないから避妊はしっかりと……。スミマセン。私、お金がないのでゴムは買ってくれませんか?」

 

「お前な……泊める事を了承した途端に図々しくなりやがって」


 こっちは凌ぎと処女を削るつもりだからこれぐらい了承して欲しい。

 だが男性はしっしっと手で私の手を払い。


「ゴムは要らねえし、つか、俺はお前とやるつもりはねえ。俺はガキには興味ねえんだよ」


 …………嬉しいはずなのにカチンときた。

 身を売らなくて済むならそれでいいけど、なに? 私に魅力がないってこと?

 私に性欲が沸かないのはそれはそれで癪に障るけど……ここは我慢。


「泊めてやる報酬は………お前って料理出来るのか?」


 内なる怒りを我慢していると男性からそんな事を聞かれ、呆気に取られて小さく頷く。


「え、あ、はい。簡単な物だったら一応は」


「なら明日の朝食を作ってくれ。一宿の謝礼はそれでいい」


 そん……なんでいいのかな?

 こっちは泊めてもらう立場だから何も言えないけど、この人……もしかしてホモ?


「おい、早く来いよ。泊まりたいんだろ? 来ないなら置いて行くぞ」


「は、はい!」


 私は先に行く男性の後を追う。

 しかし、男性は私の方に振り返り、不審な眼で私を見る。


「泊める事は了承したが、顔が分からない奴を泊めるわけにはいかないな。せめてそのフードを脱げ、素顔を見せろ」


「わ、分かりました……」


 今まで私はフードを深く被って素顔を見せない様にしていた。

 別に狙っていた訳ではなく、少しでも寒さを凌げるようにと被っていただけで抵抗なくフードを脱ぐ。

 夜風が顔を冷やし、フードに籠った熱が外に逃げ、若干火照った私の顔を見るや男性の表情は—————どこか昔のトラウマを掘り起こされたが如くに苦い顔を浮かべた。


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