家出の理由

「私が家出した理由……ですか」


 俺は鈴音に家出の理由を尋ねた。

 鈴音は考えこむように顎に手を当て、数秒経つと頷き。


「別に面白い理由はありません。単純に親と喧嘩しただけです」


 鈴音が言った家出の理由は理由として有り触れたモノだった。


「親と喧嘩したってなんで? 成績が悪かったとか? お前頭悪そうだし」


「私が言うのもなんですが、貴方も大概失礼ですね。私、これでも中学の頃は成績上位でしたから! 喧嘩の原因は成績ではないです!」


 相当頭が悪いと言われた事が不服だったのか頬を膨らまして怒る鈴音。

 俺は悪い悪いと平謝りすると本題に戻る。


「なら結局なんなんだよ喧嘩の原因は?」


「…………恋愛です」


 は?と俺は絶句する。

 固まる俺を尻目に鈴音は、朝食の後片付けの片手間に語る。


「私には1週間前まで彼氏がいました。相手は大学生の年上で、私にとって初めての彼氏でした。出会いは中学の友人から誘われた合コン。相手から告白されて付き合い始めたのですが、初めての彼氏って事で私は有頂天になって、母に彼を紹介したのです…………」


 鈴音は片付ける手を止めて、俺に悲哀が混じった愛想笑いを向け。


「私は私をここまで育ててくれた母に彼氏が出来た事を喜んで欲しいと思っていました。祝福して欲しいと思ってました……ですが、母と彼氏の対面は、母からの叱責でした」


「……どうして」


「分かりません。母は私の彼氏に鬼の形相で攻め立てました。『貴方は責任を持って娘と付き合えるのか』『不埒な考えと中途半端な覚悟でしか付き合えないのなら娘が不幸になるだけだから別れろ』など。優しかった母からは想像できない程に叫びたてて彼氏を追い出してしまったんです」


「それは……なんか酷いなお前のお袋さん」


「そうですね。そのおかげで私は振られてしまいました。『お前の母親は頭がイカレてる』って」


 俺は何も言えなかった。

 自分の幸せを母親にも共感して欲しいと思ってやった行動の見返りが叱責となれば、しかもそれが別れる原因となれば鈴音の傷心は想像に難しくない。

 

「別に彼氏に対して未練がある訳ではありません。逆にあの程度で別れを切り出すって事はそこまで私の事が好きではなかったんだと思います。だから、別に彼氏に振られた事を恨んではいません」


「なら、どうして喧嘩を……」


「……母は自分の恋愛の価値観を私に押し付けて来たんです」


 鈴音は自分の腕を強く握り、遺恨で顔を顰め。


「学生の内の恋愛は時間の無駄、若い内の恋は炎の様に燃えるが、ちょっとの事で鎮火して別れる。だから、互いに責任が持てる社会人になってからでも遅くはない……。彼氏と別れた私に母はそう言いました」


「お袋さんはそう言っても……親父さんは何か言わなかったのか?」


 俺が尋ねると鈴音は言葉を詰まらし、ハハッ……と小さく笑い。


「私には……父はいません。いわゆる、母子家庭ってやつです」


 俺は地雷を踏んでしまったのかと自分の口を手で塞ぐ。

 聞いてはいけない事を聞いたのではと罪悪感に苛まれるが、気にしないでくださいと鈴音は首を横に振り。


「私に父の記憶はありません。母の話では、私が生まれる前に父は私たちを捨てたらしいです」


 予想以上の重たい話に俺の方が気に病んでしまう。

 父親に捨てられたってそれは……。

 気に病む俺とは対照的に鈴音はあっけらかんとした表情で。


「まあ別に、私からすれば元からいなかった存在ですから、今更父親が恋しいなんて思いません。……ですが、私は母が許せなかったんです」


 憎悪に満ちた表情の鈴音の目には涙があった。


「母は学生の頃に私を妊娠して、私を産んでくれました。ですが……母はあの時いったのです。若い内は全てが輝いている様にも見える。だけど、それに惑わされたらいつか道を外して後悔する、って……」


 鈴音は怒りで震える身体だが、鈴音の瞳は涙で濡れていた。


「お母さんの事は尊敬している。お母さん1人で私をここまで育ててくれた事は心から感謝している……。けど、後悔ってなに……。お母さんは本当に好きだったから付き合ってたんじゃないの……。それを後悔しているって事は———————私の存在を否定しているみたいですよね……?」

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