第5話 電脳バーサス現実

「どうも、こんにちは、おばあですよ」

 僕は今、鎧武者エックスさんの次のコラボ相手である、おばあさんの動画を見ている。「おばあ」という名前なので、自然とおばあさん、おばあちゃん、と呼ばれ、親しまれるようになったVtuberだ。ピンク色の着物に割烹着と三角巾という出で立ちで、上品そうな雰囲気のお婆さん姿なのだけれど、配信するゲーム実況はゾンビを倒すものだったり、サバイバルをしながらプレイヤーを罠にはめるものだったりと、なかなか刺激的で驚いてしまう。

 他のVtuberのことを「孫」、リスナーのことを「やしゃご」と呼ぶ、のほほんとした人、という印象だった。


 僕と鎧武者さんが呼ばれたのは、とある貸スタジオ。

 そこに「おばあ」さんは待っている。

「頼もう」

 僕とそう変わらない身長で、くすんだ赤色の甲冑を身にまとった武者は、スタジオの扉を開きながらそう言った。

「はい、いらっしゃい、お待ちしていましたよ」

 暖炉の前に置いてあり、お婆さんが座って編み物をするような、ゆらゆらと揺れる木の椅子――ロッキングチェア――に腰掛けながら僕たちを迎えたのは、二十代かそこらの女性だった。髪はショートカットで、前髪は斜めのぱっつんで、やや大ぶりのイヤリングとドクロの指輪をしている、白いシャツに黒いネクタイ、ギザギザのスカートとごつめのブーツを履いた人だ。

 イメージしていたおばあさん像とまるで違う。こんなにパンクなファッションの方だったのか。驚く僕をよそに、鎧武者さんはぺこりと頭を下げて、今回のコラボの礼を述べていた。

「こちら、コラボ御礼の菓子でござる」

 洋菓子の詰め合わせを持って差し出す鎧武者エックスさん。

「あらあ、ご丁寧に、ありがとう。おいしいハーブティーを、水筒に入れて持ってきたのよ。どうぞ、召し上がってね」

 おばあさんの話し方は、動画で見たままの、和やかなものだった。ふふふ、と上品に笑う彼女は、僕を見て、微笑ましそうに口を抑えて笑っていた。

「驚いたでしょう? 私ね、こういう服装が、趣味なのよ。ふふふ、お婆ちゃんの姿で、やしゃごたちと遊ぶのも、趣味なのだけれど」

 ゆったり、ゆっくりと話すおばあさん。僕と違って、相手に先入観を持たなかったのだろう鎧武者さんは、では早速参ろうか、とプレイキューブサターンのコントローラーを握り、おばあさんの隣に座り込むのだった。


「あらあら、そっちはね、ゾンビの群れがいるのよ、エックスちゃん」

「先に言ってくだされ、死に申した」

「まあー、エックスちゃんがバラバラに」

 のどかな会話と共に血しぶきが飛び散る。ゾンビに囲まれ、なす術もなくやられてしまった鎧武者エックスさんは、おのれソニコン堂、とメーカー名を苦く吐き捨てながら同じ面をやり直している。

 サポートキャラのジェーンを操るおばあさんは、先程から一度もダメージを受けていない。ゆったりと話しながら手榴弾を投げ込み、ゾンビを駆逐していた。


「現実ならばゾンビになど負けぬというのに」

「あらまあ、現実にゾンビなんているのかしら?」


 負け惜しみ……ではなく事実を口にする鎧武者さんに、ふふふ、と笑いながらおばあさんは返した。きっと陰陽師と戦う動画は、エキストラ出演の殺陣だと思っているのだろう。僕も、実際に目にするまではそう思っていた。

 陰陽師ロボットがコンピュータウィルスによりゾンビ化しただなんて、普通の人は受け入れられないし、理解もできないだろう。

「あらあ、エックスちゃん、またやられちゃったわねえ」

「ぐぬぬ、フラストレーションが溜まってゆく……!」

「おばあちゃんに任せておきなさい、ささっと、料理しちゃうわね」

 クリーチャー・ハザード・イブ初挑戦でボロ負けした鎧武者さんに、おばあさんはクスクスと笑い、見事な手際でゾンビたちをあっという間に倒してしまうのだった。


「喰らえい、閃光斬!」

 商店街のレジというレジに集まっていたゾンビたちに斬りかかる鎧武者エックスさんは、とても迫力があった。

「円雷!」

 ビームサーベルに、雷帯棍(らいたいこん)。放てる必殺技はだいたい放ち、陰陽師ゾンビを吹き飛ばし、蹴り飛ばし、弾き飛ばし、時にゾンビたちにタックルされ、しかしそれを大声で威圧しながら切り崩し、と、ゾンビゲームで負けた悔しさをぶつけまくっている鎧武者さんを見るのは、正直に言って爽快だった。

 バタバタと倒れる陰陽師ゾンビたち。その数、二百体。

 僕は商店街に陰陽師ゾンビたちが再びなだれ込んで来ないようバリケードを築きながら、鎧武者エックスさんのストレス発散を見守っていた。

 雷帯棍の電気をビームサーベルに集中させる鎧武者さん。

 バチバチと爆ぜる音をまといながら輝くビームサーベルは、鎧武者さんの叫びと共に、爆音を轟かせて陰陽師ゾンビの群れを襲った。


「ゾンビが、なんぼのものでござるっ!」


 おばあさんが「鎧武者ちゃんとゾンビを狩りに行きました」というゲームの動画をアップロードした翌日、鎧武者さんがおばあさんのその動画にリンクを貼った状態で、必殺技ばかりで陰陽師ゾンビを駆逐する「ゾンビをなぎ倒してやった件」という大人げないタイトルの動画をアップロードした。ムキになった鎧武者さんが愛おしく思えるくらいには、僕は鎧武者エックスさんを推している。

 コメント欄には「腹いせで倒される陰陽師かわいそう」や「ゾンビの恨みをゾンビで晴らしてる」など、リスナーが面白がっていることがよくわかるものが多く見受けられ、コラボ動画も、陰陽師を倒す実写動画も受けが良かったことが現れていたのだった。

 良かった。推しが好意的に受け止められている。その調子で応援してくれ。

 ほっと一息ついていると、新しいコメントが表示された。

「エックスちゃん、運動神経がいいのね、私は足が悪くて、ゆっくりしか動けないから、羨ましいわ」

 おばあさんだ。

 ゲームの中とはいえ、あんなに素早くゾンビを倒していたおばあさんが、鎧武者エックスさんを羨ましがっている。

 そういえば、一度もロッキングチェアから降りなかったな、と思い出し、僕はこっそりとおばあさんに教えてもらった連絡先にメールを送った。


「足が悪いんですか? お怪我ですか?」


 返ってきたメールには、こう書かれていた。


「トリプルエックス研究所、と書かれたトラックと、接触事故を起こしたの。私が、ぶつかられた側なのだけどね。それから、右足が動かなくなってしまって」

 トリプルエックス研究所……。陰陽師ゾンビを大量生産した、あのラボだ。

 示談金をもらって和解したというが、足が動かないことは変わらない。僕は、なんだかトリプルエックス研究所のことを許せなくなってきていた。

 陰陽師ゾンビを作るだけ作って、回収もせずに野放しにしていること。

 彼女に怪我をさせ、示談金は払ったとはいえ、不便な生活をさせていること。

 無責任な研究所だ、と怒りを抱いたのだ。

 そんな時だった。


「私の名は、騎士・ゼット! 鎧武者エックスの永遠のライバル! 全てにおいて鎧武者エックスを凌駕する、スーパーイケメンナイツだ!」


 西洋の甲冑に身を包んだ謎のVtuberが現れたのは。

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