第3話 創意バーサス工夫

「陰陽師ゾンビが百体出現。繰り返す、陰陽師ゾンビが百体出現。スーパーマーケット、ニシトモでレジに並んでいる模様。至急現着すべし」

 僕の家のベランダが、音を立てて変形していく。何十万円使ったのかは知らないけれど、足場が左右に分かれ、射出機がせり上がってくる。

 柵も左右に分かれているので、射出機の前を阻むものは何もない。

「いざ、ニシトモ!」

 鎧武者エックスさんは、ニシトモがある方向へと射出機の角度を変えて、そして吹っ飛んだ。

 僕は必死に自転車をこぐ。おとなしく家で彼の配信を見ていればいいのだろうけれど、鎧武者さんの戦い方はダイナミックで、人間を巻き込みかねない。避難誘導をするために、ついて行くことにしたのだ。

 空を見上げる。

 スキージャンプのように姿勢よく、鎧武者さんが風を切っていた。


 うう、ああ、とゾンビらしい声を上げて、ゾンビたちはレジ待ちをしていた。

 その数なんと百体なので、レジ係の人たちが戦慄している。一分に一回の頻度で「レジ応援お願いします」というアナウンスが、ニシトモに響き渡っていた。

 レジには係の店員さんがフルでスタンバイしているのに。

 これ以上何をどう応援しろというのだろう。

「せいやあ!」

 鎧武者エックスさんがニシトモへ飛び込んでいく。レジ前まで走っていくと、彼は何故だか陰陽師ゾンビの真ん前で仁王立ちをし始めるのだった。

 視界にくすんだ赤色の鎧武者を捉えた陰陽師ゾンビたちが、礼儀正しく並んでいたそれまでの雰囲気はどこへやら、突然敵意をあらわにし、鎧武者さんに襲いかかる。

 税務署のときもそうだった。鎧武者さんに攻撃されてから、陰陽師ゾンビたちは暴れだしたのだ。

 鎧武者エックスさんは陰陽師ゾンビたちが全員追いかけてきているのを確認したのか、深く頷くと走り出す。ニシトモの外へ向かって。

 試食コーナーの人が巻き込まれそうになったのを引き寄せて助け、野菜売り場で野菜が転がり落ちそうになったのを必死で拾い上げ、おつとめ品の移動式ラックを邪魔にならない場所まで動かし、なるべくお店に被害が出ないよう奔走する僕。そんな僕へ視線をよこすことなく、陰陽師ゾンビたちは鎧武者さんだけを狙って走っていった。


 鎧武者さんは、跳んでいた。空高く、棒状の武器を使って。

 この金属棒にしか思えない武器は「雷帯棍(らいたいこん)」といって、僕の家を改造したお釣りで作った、新しいアイテムなのだとか。

 ビームサーベルは使わないのかと尋ねた僕に、鎧武者エックスさんは答えた。

「毎度同じ武器で、同じ必殺技を使っておったら、リスナーが飽きるでな」

 視聴者が飽きてしまえば投げ銭の期待もできなくなる。ということか。

「必殺技なしで百体斬り、とかも企画したいし、工夫せねばな」

「獲物を狩る配信者の目をしている……」

 あのやる気みなぎる鎧武者さんを、僕は忘れないだろう。

 そんな回想をしていた僕を放って、鎧武者エックスさんは空から落ちてくる。陰陽師ゾンビめがけて雷帯棍を振り下ろし、ずだん、と着地した次の瞬間だ。

 ばぢん、と火花が散り、陰陽師ロボットが痙攣したのは。

 雷帯棍。その名の通り、電気を帯びているらしい。

 頭上でぐるぐると雷帯棍を振り回す鎧武者さん。棍棒の帯電はみるみるうちに規模が大きくなっていき、両端から青白い稲妻が走り始めた。それを、勢いよく地面に突き立てる。

「円雷!」

 鎧武者さんの叫び声とともに、雷が地を走る。円を描いて鎧武者さんたちを囲んだ電気は、そのままドーム状のバリアとなり、陰陽師ゾンビもろとも鎧武者エックスさんを閉じ込めた。

 そうして、ドームの中で無数の落雷。

 陰陽師ゾンビにも、鎧武者さんにも等しく降り注ぐ雷に、僕は圧倒されて言葉もなかった。バタバタと倒れていく陰陽師ゾンビ。バリアが消える。鎧武者さんが、ゆらりと動き出す。

 雷が直撃していたのだろう。薄白い煙をあげながら、彼はひと呼吸ついていた。


「どうして税務署やスーパーマーケットに現れるんでしょう」

 コンピュータウィルスに感染してゾンビ化してしまった陰陽師ロボットたち。やっていることがシュールすぎて、いまいち脅威と言われてもしっくり来ない。一体何がしたいのか、僕にはさっぱり分からない。

 鎧武者エックスさんは、一言告げた。

「レジを狙っておったのだろう」

「……え、ご、強盗ですか?」

「レジの中身ではなく、レジそのものをでござるよ」

 僕は彼の言っていることが分からず、ぽかんとするほかない。赤い鎧武者は、良いか、と僕に向かって言うと、倒れている陰陽師ロボットを指差した。

「コンピュータウィルスにおかされ、ゾンビと化したのがこやつらよ」

「は、はい」

「ゾンビとは、健康な者に襲いかかり、ゾンビを増やしてゆくもの」

「そうですね」

「ロボットの場合、健康な者というのはコンピュータウィルスに感染しておらぬ機械のことを指す」

「……あっ! 税務署のコンピューターに、スーパーのレジ……」

「さよう。コンピュータウィルスに感染させ、ゾンビ状態にすべく、あのロボットたちは本能的に動いておるのだ!」

 そんな本能が働いているなんて、なんて恐ろしいんだ!

 行儀よく並んでいるのはやはりシュールだけれど、陰陽師ロボットたちの企みに驚き、戦慄した僕は、これからも鎧武者エックスさんに投げ銭をして支えていこうと決めたのだった。

「……ところで、このゾンビたち、鎧武者さんを見つけた瞬間に凶暴化しているような気がするんですが」


「ああ、アンチウィルス信号を発して、ゾンビたちから一斉に注目されるように設計されてござるゆえな」


「……え」

「それゆえ、拙者がそばにいると、ゾンビたちは拙者しか狙わんのでござる」

 むやみやたらと暴れて、人間に被害が及ばないように、ということらしい。

「拙者も“健康な機械”のうち一体でござるゆえ、狙われる狙われる! お主も拙者のそばにいると、巻き添えで狙われることもあろう」

 ……あっ、最初にベランダをよじ登って襲撃してきた陰陽師ゾンビは、そういうことだったのか。

 軽い調子で言うことではない気がする。

 鎧武者エックスさんは、今回は録画にしていたらしい動画を確認すると、ふう、とひと息ついたあと、空飛ぶカメラにこう命じるのだった。

「動画を削除」

「えっ! 無双ゲームみたいに陰陽師ゾンビを圧倒していたじゃないですか!」

「それがいかんのだ。一旦ピンチに陥ってからの必殺技、でなければ、リスナーはただの俺ツエー展開かと興ざめしてしまうゆえな」

 ……お、奥が深い。

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