【FGA:6】女神ネイス


 どうやら腹が空くことも、便意を催すことも、果てには睡眠欲さえも──このどこまでも続く暗闇には存在しない事に気付いたのは丁度──亜蓮が目を覚ましてから1時間後あたりであった。

 何が起きたのか────と、何も分かっていない亜蓮が雷人に訊ねるのは当然として──が、亜蓮が、いや2が分かるはずなく──既知として存在している事実としてこの空間に来る前に亜蓮の頭上に何かしらの物体が落ちてきた事だけだった。


 「ふぅ」と一つ、"ため"にもならないため息を吐くと亜蓮は"どさ"とどこから地面なのかどこから地面でないのかの境界線も分からないような闇に腰を落とした。

 ふと、こんな状況に陥る前に──椿ヶ丘の体育館で田代監督がふかしていたタバコを思い出し──亜蓮は「こういう時にタバコって吸いてぇもんなのか?」と思い浮かべると、ただのジェスチャーとして、右手を口に当てて「ふぅ」とさっきのため息とは違う音色の息を吐いてみる。


 無論。特に何かが起きる事は無かったが──不思議と亜蓮の心に平静が戻ってきていた。

 二、三回亜蓮はタバコをふかす真似をすると改めて辺りを見回した。相変わらず果てしなく続いてると思えるような暗闇に少しだけ諦観の混じった視線をやる。



(わっけわかんねぇな……。コレ、なんかのドッキリかなんかか? それともここがいわゆる"あの世"ってヤツなんか?)



 ぐっと腰掛けてる地面の黒に手をやり、その勢いのまま宙に手を振る。やはりというか──区別のつかない闇だ。

 ちらっと雷人の方を見遣る。雷人は変わらずそこらを歩き回って何かを思うように時々立ち止まっては唸り、また再び歩き出すという──亜蓮から見れば充分、奇行に思える様な行動をしていた。



(まぁなんだ……アイツは昔からよーく考えるヤツたったから……多分、オレが想像もつかねぇ様な考えしてんだろな……)



 空を切っていた手を今度はアゴにやり、そこに頭を乗せる。

 「どうすっかな」とボソリと呟き、そのまま何も考えずにぼけっといる訳にもいかず──亜蓮は自分でも良くないと思っている頭で思考を張り巡らせる。


そもそもここはどこなんだ?

オレたちはどうなったんだ?

これからどうなるんだ?


 必死に考えていても湧いてくるのは答えのないモノばかり──突として亜蓮にふつふつと心の奥底から巨大な怒気が湧いてくるのを感じた。



「あ〜〜〜もうチクショウ!! マッジでワケわかんねぇんだよ!! ここがあの世だってんならカミ様の1人や2人、出てきて説明せぇや!!」


 

 そう叫ぶと亜蓮は相も変わらず闇にウサギが怒りの感情を表すために地団駄を踏む様に──思いっきり地面を踏み抜いた。



(……は? ちょっと待て、 踏んだんじゃなくて──)



 亜蓮がに答えを出す前に──亜蓮の足元がまるで夜の港から見える漁火光柱ライトピラーの様に発光するとそのまま────「にゅっ」とバスケットボール大の何かが────否、──



「ちょっ!? は!? え!? なんだ……なんだコイ──」



 そう亜蓮が言い終わる前に──驚きを表す前に──そのの全貌が後光と共に2人の前に現れた。

 まるで虹を纏ったのかの様な色鮮やかな衣を煌びやかに舞わせ──腰まで届く長いキレイな青い髪を靡かせるとその後光を纏った神々しくも美しさを持つ女性は──頭を、押さえた。そして叫んだ。



「は"ぁ"ぁ〜〜ク"ッ"ソ"い"っ"て"ェ! あ"ぁ"〜〜〜〜もうマジでフザケンナよぉ……ただの人間ヒューマンごときが……誰のカワイイ頭踏んづけたと……」



 その女性はふと亜蓮と雷人を少し涙目ぐんだ目でちらりと見遣ると頬に冷や汗一滴浮かべ「ん"ん"っ」と一つ、咳き込んだ。

 何がなんだ分からないと──あまりにも意味が分からなさすぎる状況に指すら動かせない2人に、その女性はしゃんと二重の意味で立ち直ると今度は優しい声色に変えて話を切り出し始めた。



「初めまして。私の名前はネイス──この世を統べる、女神です。この度は誠に残念ながら藍葉 亜蓮さん──貴方は死にま……ん?」



 と、今度はその女性──ネイスと名乗る女神は雷人の方に訝しげな視線をやった。

 そのまま10秒ほど雷人をぎゅっとキレイな銀色の瞳で睨み続けると突如、目を閉じて「ふぅ〜〜〜〜」と大きなため息を吐き、再び目を開け雷人を見つめ────



「いや、は? ちょっと待って。なんで2人いるの? 私確かに1人だけ狙……1人だけ助けたよね?」



「ちょいちょいちょい待て!! 全く話が見えんぞおい!! 女神だが眼鏡だが知らんが──」



 「女神様だボケ!」と刹那にキレイな顔立ちに見合わないツッコミを入れるとネイスに亜蓮は変わらぬ大きな声量で怒号を飛ばす。



「──オレらをこんな変な空間に追いやったの、オマエだな? おいコラ、どうしてくれるんだボケおい」



「はぁ!?!? 誰がボケ女神だアホ! やーいアホアホ! バカな人間ヒューマンやぁ〜〜い!」



雷人は──困惑した。


 ただ、単に、ひたすらに、困惑した。この状況もそうだが──唐突に事故?に遭い、気付いたらどこまでも続く暗闇が蔓延る空間に居て──それでいて突如、女神を名乗るだけある煌びやかな衣装の女性地面から生えてきて、そして唯一無二の大親友アレンがその女性とケンカを始め──


 雷人はこの空間に来た時よりも更に酷く混乱した脳をオーバーヒートさせないよう──とりあえず考えることを止めた……と言うか、なんだか考えるほど深い事情が無さそうな──そんな印象を受ける女神と名乗る女性にとりあえず、話を聞くのが先決だと──ひとまず、に着地せざる得ない状況だと判断した。

 変わらぬ勢いで女神と自称するいかにも胡散臭い女性とケンカする亜蓮を制止すると、そのまま自称女神様に一旦はこのの顛末を聞こうと話しかけた。



「はぁはぁ……え、え〜〜と、女神サマ? は、なんで僕らをこんな所に連れ尽きたんですか……?」



 「うがっ! 離せライト!」と暴れるも雷人のすごい力によって止められる亜蓮に謎の勝ち誇った様な視線を向けると女神ネイスは淡々と──いや、変なドヤ顔をすると嬉々としてこの状況に話し始めた。



「……とりあえず最初に言えることは──貴方たちは死にました。別にここに居るからと言って助かった訳ではありません。普通に落下してきた瓦礫によって四肢がもがれ、全身のありとあらゆる骨が砕かれ、綺麗な桃色ピンクの五臓六腑が身体のあちこちから飛び出し──それはもう悲惨で悲惨で……思わず警察も目を逸らしてしまうほど凄惨な最期を迎えました」



女神は「ふっ」と一つ笑った。


 鼻にかかるようなその女神の態度に亜蓮は憤り、さらに暴れようと雷人の手を振り解こうとしたが出来ず、相変わらず雷人の腕に抱かれる亜蓮に女神は小声で「ばぁ〜か」と悪態をつくと再び語り始めた。



「──ですが、貴方たちはこのまま天国に行くワケではありません」


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