7・ホワーイ
……続き。
「こちらスネーク。無線、感度良好。施設に潜入した。またせたな」
「ノリノリですわね」
「吉祥院さんも あのゲームやったことあるんだ」
「まあ、お父様とお母様も、ある程度は認めてくださっておりますわ」
夜の校舎はかなり不気味で、俺たちは恐怖を紛らわすためにそんなことを話していた。
白いコンクリートは夜の闇にぼんやりと浮かび、心霊番組で霊能力者が、
「来る。きっと来る。きっと来る」
とかでも言いそうな雰囲気。
吉祥院さんが助けを求めたくなる気持ちもわかる。
だけど、二人になった途端、気が楽になったのか、冗談も言えるようになった。
さて、夜の校舎だ。
鍵は当然閉まっている。
だから吉祥院さんはどうやって中に侵入するつもりだったのだろうかと思っていると、
「合鍵を持っていますわ」
合鍵?
「なんでそんなものを吉祥院さんが持ってるの?」
「この学校には実家の財閥が多額の出資を行っています。それに毎年 寄付も欠かしておりませんの。
それで父が、緊急事に備えて合鍵を作っておいたとのことです。それを書斎から持ち出しました」
「なるほど」
と 俺は頷いて、
……え?
納得しそうで、なにも納得できなかった。
なぜ、多額の金を出しているからといって、合鍵を作ることができるのか?
この学校 私立だから寄付を受け取るのは問題ないだろうけど、でも それだけなら別に学校関係者というわけじゃないよね?
それなのに なんで合鍵を持ってるの?
なぜ?
ホワーイ?
……ま、どうでもいいか。
果てしなく続く謎だったけど、今は役にたっているので突っ込むのはよそう。
自習室は二階にあるので、俺たちはそこに向かう。
当たり前だけど、夜の校舎は人がおらず、廊下は墓場のようにしんと静まりかえり不気味だ。
「不気味ですわね……」
吉祥院さんが俺と同じ感想を口にして、俺の服の袖を万力のごとき強さで掴んで放さない。
「生物災害でしたら、その廊下の角から出てきますわ」
「出るよね。あー、って声出しながら」
俺もあのゲームが好きだ。
大好きだと言っても過言ではない。
いや! むしろ愛している!
カプ○ンよ!
あのゲームを世に送り出してくれてありがとう!
ようやく階段までたどり着いた当たりで、吉祥院さんが不意に、
「貴方はうちの学校の七不思議はご存じですか?」
七不思議はどの学校にも必ずあるベタベタの定番。
うちの学校にも確か、
「屋上へ続く 存在しないはずの十三階段。
科学室の踊る骨格標本。
独りでに鳴る音楽室のピアノ。
バレーボールが弾む無人の体育館。
俺が知ってるのはそれくらいだけど」
「ええ、そうですわ。
他はトイレの大介さん。
死後の姿が映る保健室の鏡。
そして……自習する死者」
……あの、今 物凄く嫌なことを聞いてしまったような気がするんですけれども。
学校で自習すると言う話ならば、自習室がらみ。
そして俺たちが今、向かっているのは……
「ボク、帰ってもいいかな?」
「ダメですわ!」
吉祥院さんに腕をがっしりと捕まれた。
逃亡不可能。
そんなことをしているうちに自習室の前に到着。
昼間は普通の扉にしか見えないそれは、今は静かな丘への入り口みたいに感じられた。
「ところで、自習する死者ってどんな話?」
「受験で毎日ここで自習していた生徒がいたそうなのですが、その方は受験ノイローゼにかかり、屋上から飛び降り自殺されてしまわれたそうですわ。
しかし、今でもその浮かばれない霊が、この自習室で自習をなさっているそうです。
誰もいないはずなのに、鉛筆の音や教科書をめくる音。窓に誰かの人影が映ったりするそうなのですけど」
「詳しいね……」
「そしてなにより恐ろしいのは、この話を聞いた人が真夜中に自習室に行くと、その人の前に本当に自習する死者が現れるとのことなのですわ。自習する死者に遭遇したら最後、自習する死者に取り憑かれ、屋上から飛び降りてしまうのです」
……
「わたくし昨日 偶然その話を聞いてしまったのですが、聞かなければよかったと今すごく後悔しておりますの……」
その理論だと……
「……その話って、知らない人に言ったらまずいことにならない?」
「そうなりますわ。ですので迂闊に話してはいけないのです。ああ、なんて恐ろしい」
……吉祥院さん、気付いていない。
俺がその話を始めて聞いたという事実に。
聞くんじゃなかった。
落ち着け。
たぶん大丈夫。
その話を聞いたからって必ず自習する死者が出てくるってわけじゃない。
それに、この手の怪談話の最大の謎は、遭遇したら死ぬのに、なぜその話を伝える人だけ生き延びたのかってことだし。
ようするに矛盾している。
だから大丈夫だ。
大丈夫 ジョブ。
モーマンタイ。
俺は自分にそう言い聞かせながら、扉に手をかけた。
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