対決!源氏物語ヤロウ③

少しだけ。

ほんの少しだけ。

心が揺れた。

それくらい、源氏物語ヤロウの目は、真っ直ぐだった。

思ったとおり、コイツはゲスヤロウではなかった。

俺が女だったら、絶対に落ちるヤツだ、これ。

でも。

コイツはまだ知らない。

自分が、小夏を泣かせた事を。


「小夏もきっと、俺と同じポリアモリストだと思うんだ。だから、きみさえ良ければ、俺は小夏と」

「お断りします。」


迷いようもない。即答だ。

源氏物語ヤロウに悪気は無いことは分かってる。

でも。

だからと言って、小夏をコイツと付き合わせる訳にはいかないだろ。

そんなことをしたら、また、小夏は泣くことになる。

それはもう、絶対に、だ。

だって、小夏はコイツとは違うのだから。

俺はそれを、知っている。


「小夏が俺と付き合いたいと言っても?」

「言いませんよ、絶対に。」

源氏物語ヤロウの目を、俺も真っ直ぐに見返す。

「なんでそんなことを言い切れる?」

お前は小夏の何を知っているんだ?

源氏物語ヤロウの言葉が、俺にはそう聞こえた。

俺だって、色々知ってるさ。

少なくとも、今の小夏のことならば、源氏物語ヤロウよりも、ずっと。

「小夏は、あなたとは違う。あなたの話をしながら、小夏は泣いていたんだ。それに、小夏は言ってた。光源氏はもういいって。」



「お待たせっ!あれっ?尚樹さんは?」

バイトを終えた小夏が、ファミレスに駆け込んできた。

「帰ったよ。」

「えっ?」

「小夏が来るまで、引き止めておいた方が良かったか?」

「うーん、久しぶりだから、ちょっとお話、したかったかな。」

「そっか。」

「でも、爽太くんがいてくれれば、いい。」

そう言って、小夏は笑った。


「源氏物語ヤロウ、離婚したみたいだぞ。」

「そうなんだ。」

小夏を家まで送りながら、俺は源氏物語ヤロウの話をしようとしたのだが。

「それよりさ、いつになったら、爽太くんは私を嫉妬させてくれるのかなぁ?」

そう言って、不満そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「ま、まぁ・・・・そのうちに、な。」

「も~!頑張ってよねー、爽太くん!」

応援する方向性はどうかと思うが、小夏の笑顔に俺はホッとしていた。

小夏の中には、もう源氏物語ヤロウはいない。いるのは、俺だ。俺だけだ。

「送ってくれて、ありがと、爽太くん。また明日ね!」

背伸びして俺の頬に軽いキスをし、小夏は自宅の扉に手をかける。

言おうかどうしようかずっと迷っていた俺は、とっさに声を掛けた。

「ウツセミ、だって。」

「えっ?」

振り返り、小夏は小首を傾げる。

「可愛いウツセミに宜しくって言ってたぞ、アイツ。」

「・・・・そっか。」

うん、とひとつ頷き、小夏は小さく手を振りながら家の中へと入っていった。


ウツセミって、なんだ?

小夏に聞こうと思ったのに。

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