第101話 脱兎
「ガァァァーッ!!」
俺の掛け声を聞いたギンは、雄叫びを上げながら速攻でアヌビシオの顔面を爪で斬り裂いた。
「ギャァァァーッ!?」
顔面に深い傷を負ったアヌビシオは再び悲鳴を上げたあと、ヨロヨロと後ろによろめく。
ギンに付けられた爪痕からは、赤い血と共に漆黒の靄が漏れ出している。
とても苦しそうにしているアヌビシオの身体は徐々に小さくなっていき、魔力量も明らかに減っているのが感じられた。しかし油断はできない。奴の表情は苦痛に塗れてはいるが、挫けてはいないからだ。
金色の瞳を見る限りではまだ何かを狙っているようにも見え、ギンもそれを感じ取ったのか追撃する様子はない。
だが好機なのには違いなく、間髪入れずに仕掛けねばと俺は魔法を唱え始める。
「何かされる前に! 聖えーーなっ!?」
魔法を唱え終える直前、なんとアヌビシオは脱兎の如く逃げ出したのだ。残る力を振り絞っているのか、弱っているとは思えないほどの速度で。
完全に想定外の事態に俺もギンも呆気に取られてしまい、即行動できずにいたことも痛い。3秒ほどで我に返ったので急いで奴を追うが、すぐには追いつけそうにない。
そのうえ、よりによって北東へ向かって逃げるとは……東はまだ良いが北は全く良くない。それは今後行なう支援が余計に遅れてしまうからだ。
「くっ、狙ったかのように! こうなったら少しでも早く追いついて倒さなければ!」
駆けていては纏雷やクラウチングは使用できず、残るは疾駆のみとなる。
考える時間が惜しいため、すぐさま魔法を唱えた。
「絶対に逃がさない! 疾駆!」
追い風を味方にして加速。
アヌビシオとの差は徐々に縮まっていくが、それを察知したアヌビシオは追撃を避けるための策を労する。
「あと少しーーな、なんだ!? これは、黒い霧!?」
アヌビシオの全身から黒い霧が放出。
撒き散らされたその黒い霧は俺の視界を遮るように広がっていき、あっと言う間に辺りを黒く染めた。
透かさず目視から魔力探知に切り替えてアヌビシオの位置を確認するが、黒い霧には魔力が練られており探知は阻害されてしまう。
「マズい、これじゃあ追えない! もし方向転換されたら逃げられてしまう!」
焦りが強まり迷いが生じる。このまま直進して良いのかと。
そして迷いが足を重くして速度が落ちる。それは『少しでも早く追いついて倒す』という目的を最も遠ざけてしまう行為であった。
「だ、ダメだ……このままじゃ逃げられる……いや、もしかして既にもう……」
アヌビシオの行方が把握できずにいる時点で失敗しており、焦りから現状を打破する策を考えられずにいた。
しかも、既に方向転換していて前方にはいないのでは? という考えがよぎり、更に速度を落とすことに。
「……仕方ない、こうなったら戻るしか……」
追撃を諦めて速度を緩め、そして立ち止まる。
未だ諦め切れず、悔しさから下唇を噛み締めながらも後ろへ振り返る。
黒い霧の影響で皆のいる位置が探知できないため、取り敢えずは来た道を戻ろうかと右足を一歩前に出した。するとその時……
「ギャインッッッ!?」
突如、黒い霧の先からアヌビシオの悲鳴が響いた。
突然の悲鳴に驚く俺。
「!? 一体何がっ!?」
咄嗟に悲鳴が聞こえた方へと振り返り、無意識に駆け出していた……
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