第81話 北門最後の戦地へ


「来たな……猟犬よ、裂き駆けろ!」


 迫りくる魔物の群れへ向けて風狗を解き放つと、近くにいる魔物から順にすり抜けていき、風狗に触れた魔物達は全身を斬り刻まれて次々と倒れていく。

 真空系より斬撃力は低いが操作性は高いため、混戦や後方を狙うのに適しているのだ。

 200匹以上いた魔物の群れは俺の元へ辿り着く前に全て全滅し、辺りは血と土の匂いだけが漂っていた。


「嫌に感じない……もう嗅ぎすぎて鼻がおかしくなってるのか? それとも、俺の何かが変わってきているのか……?」


 西門での戦いの時から血の匂いに対して、臭さは感じても嫌悪感は感じなくなっており、今頃になって初めて自分の変化に気づき始める。


「もしかして、これもお前の影響なのか? なぁ、ニカナ……?」


 ニカナからの返答はなく、まぁいいやと思いながら後ろへ振り返ると、冒険者達が傷を負っていながらもこちらへ向かってくる様子が目に映る。

 その様子は誰もが疲弊し切っているうえに、中には怪我人を運ぶ姿がチラホラと。

 そんな姿を目の当たりにして無理をさせるのは忍びなく思えたため、こちらからも向かってすぐさま全員へ治癒魔法を掛ける。


「疲れ切ってるみたいだ、早く回復しないと! エリアメガヒール!」


 前回よりも傷を負っている人達が多いため回復に少し時間を取られてしまうが、結果的に問題なく回復できた。

 しかし、亡骸となった者はもう……



「5人の命を救えなかった……うぅ、胸が痛くて苦しい……こんなに痛苦しい思いをまたしなくちゃならないのか……」


 この10年間で人の死は幾度となく見てきたが、今回のように戦いの最中では1度として見たことがないために耐性がなく、とても他人事とは思えずに胸が張り裂けそうなほどの苦痛に見舞われてしまう。

 事前の魔力探知で既に30人もの反応消失を確認していることから、少なくともあと25人は亡くなっている可能性があり、今感じている胸の苦痛を再び味わうことに恐れを感じずにはいられなかった。

 

「でも、今逃げるわけにはいかない……もし逃げれば今以上に人が死ぬことになるから……くそっ、そんなのは絶対に嫌だ!」


 精神的苦痛による恐怖心を上回るほどの反抗心によって、歩みを止めた両足を再び動かして次の戦地へ向かい出す。

 今回は冒険者達から声を掛けられる前に出発しており、図らずとも返答する時間を費やさずに済んでいた。



「次の戦況確認は……ココから約500mで魔物達は……ん? 予想した800匹より少ない? 750、700、650、あと630匹だ……もしかしてムツコさん達が倒したのか? でも、一体どうやって……? それで肝心の冒険者達は……嘘だろ!? あと15人!? 少なくとも80人はいると思ってたのに……マズい! マズい! マズい! 本当にマズい!! 早く助けに行かないと全滅するぞ!?」


 予想と反して魔物が減っていることは嬉しい誤算ではあったが、それ以上に冒険者達の減り具合が異常なことに動揺せずにはいられず、冷たい汗が額から流れ落ちる。


「ムツコさん、イズナさん、あと他の人達も全員……どうか、どうか無事でいてくれっ!」


 祈るように声を上げながら、北門最後の戦地へと駆けるのであった……

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